第91話 思念体2
帝国歴253年3月
元々の自分はエンドウ・イサオ。63歳。
日本人の父と、ドイツ系スイス人の母の間に生まれたハーフ。
そもそも金持ちの父の道楽で海外で暮らしていたのだが、母の勧めで医師免許を取り、病院勤務になった頃から女にはまり、人生が狂ってしまった。
自分で言うのもなんだが、美形のハーフで、金持ちで、医師という条件だから女には困らない。
だが、そんな条件だけで来る女は底が浅いに決まっていた。
30代後半で女に溺れ酒に溺れて…。
見かねた父が日本に連れて帰ってくれたのだ。
だが、コネの効く父親の故郷で開業するも、患者は年寄りばかり。
すぐに飽きて、父の死で再び資金を得た事をきっかけに、周囲の目を気にせずに生きて行ける都会に出たのだった。
研究熱心でもなく、仕事熱心でもない私は、間違いなく藪医者なのだが、そんな者にも、どんな場所にも『拾う神』が居る。
右も左も分からぬ田舎医師に高齢で廃業した医院と患者を仲介し、代わりに『虚偽診断書』や『医薬品の横流し』を欲しがる者がいた。
闇勢力に利用され、仲介された看護師との欲にまみれて…これではいけないと思う日々をだらだらと続けるうちに、口封じだろうか、誰かに殺されたようで、気が付けば知らぬ間に宇宙空間を漂っていた。
そんな私には、憑依している町医者の絶望感は良く分かる。
『もうこの国はだめだ…誰もが平等な国家という夢のような主義を掲げ、その実、誰も真面目に働かない。良い物を考えても、国営企業が劣化コピーをして経済は衰退。豊富な薬草、豊富な薬師という人材までも、低賃金、重労働で潰してしまう。どうしてこんな大統領を支持したのか…』
今日、偶然教会の前で病的にやせ細った子供を発見し、教会に事情を聞きに行った。
キム大統領は教会に対する資金援助は行っているのだが、中間の役人が横領しているらしく、孤児たちの健康状態は最悪のようだ。
餓死寸前の孤児もいるという。
そもそも、フリアノンが女神から人間に降格になり神格を失ったため、一部アイテムの効力が無くなったという噂があった。
まず、フリアノン像、女神像が彫られた十字架など、像に関連したアイテムの効力は失効したようだ。
当然、癒す事ができなくなったのだから、寄付なども減ったのであろう。
患者によっては、逆恨みをする者も出てくる。
教会の権威どころではない。
実質的に運営が出来なくなってきているのだ。
一部の農家などでは、孤児を引き取る家もあるそうだが、実は体のいい奴隷獲得だ。
幸いな事に、町医者の妻の子供が発見されて、教会に引き取りに行ったのだが、相手は神官ではなく、軍の管理官だった。
早い話、『お金を払え』という事だ。
この国の治安部隊は、善悪では動かない。
泥棒が入ったと訴え出ても『だから?』とか『取り戻したい物は何か?』という反応が第1番目である。
次に、手数料をいくら払うつもりか?と聞かれるのだ。『特別扱いするのだから』というのが建前である。
兵士「栄養失調で体力が落ち、少し気力も弱いようだ。お前は医者なんだから子供をちゃんと見てやれ!3番の部屋に居るから、荷車に乗せて帰るか、兵士を雇ってタンカーに乗せて帰れ」
そう言われ、兵士2名を雇って銀貨4枚を支払い、受取にサインをした。
息子の名はコルトン。5歳。
容体が悪いため診察室のベッドに寝かせている。
最低限の栄養素を飲ませている。
私は5歳になるコルトンという医師の義理の息子に憑依した。
確かに意識はあるのだが…どうやら生きる意欲を失っているようだ。
頭の中はただ母親の元に行きたいとそれだけようだ。
とりあえず私の意識がこの身体を支配しているうちは、できる限り栄養を摂取して体力を回復させてやろうと思う。
点滴が無いこの時代、飲ませる方法しかなかったし、おいしいものを飲むわけではなかったが、憑依した私が頑張って飲んでいたため、体力だけは回復したのだが、1週間後にはコルトンの意識は戻らなかった。
本当はもっと知識のある、財力のある人間として再出発したかったのだが、仕方がない。
起き上がる事ができるようにはなったのだが、5歳とは言え何の知識も持っていない。
まず文字を覚える事から始めねばならないようだ。
今はこの町医者に頼るしかない。えーと名前は何だっけ…思い出せん!
「お義父さん、僕に読み書きを教えてくれませんか?」
町医者「お、お父さんと呼んでくれるのか!…こんな日が来るとは思わなかった…」
そう言って、目いっぱいコルトンを抱き締めている町医者…そういえば、こんなことは前世でも経験が無かった。
『愛されている』と実感したことなど無かった。
あーこういう感覚なのか…これから私は、コルトンとして精一杯生きてみよう、そう思った。
それから数か月、貧しくても愛情のある義父と2人の生活。
初めての経験だ。
言い訳になるが、前世では愛情に恵まれなかったから異性にはまったのかも知れない。
しかしこの国では医者でさえこの程度の生活だが、この国に住む人々には当たり前の事なのだろう。
それにしても、この肉体のスペックはかなり悪い。
なかなか文字が覚えられない。
上手に書けない。
筋肉も未だに弱くて、義父の手伝いができない。
そんな私に周囲の大人達はやさしい。
おそらく、義父に対する感謝の気持ちを持つ人が多いのだろう。
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