第9話 魔道具
王国歴 256年8月第2週
サマンサ魔道具店…名前は魔道具店だけど、魔道具としては照明器具とコンロぐらいしか売っていない。
サマンサさんの話だとペンダントのような小さな物には魔法陣は書けないし、大きなものは遺跡のような古代のもので、現存しているのは比較的新しくて小さな物だけだそうだ。
作れそうな魔道具を考えてみる。
懐中電灯、これなら光と灯す部分をレフレクターの穴から出し、その距離を変えるだけで、光を細くしたり、広げたり簡単だし、魔石の入れる場所は電池と同じ場所だ。
問題は透明素材だ。
店を出て、南西地区をぶらぶらすると、建築中なのに放置された貴族屋敷などが結構あって、工事中の道もある。
その工事中の盛り土から乳白色の石英の石を拾い集めて、便利袋に入れて帰る。
水晶や石英、珪砂と呼ばれる物は全てO+Si+O 二酸化ケイ素で出来ている。
これを土魔法で、分子のひっつき方、つまり構造体を変えるだけで、性質が大きく変わるユニークな鉱物だ。
今回は、とりあえず、板ガラスに成形していく。
ダグザ武器店に戻り、銀が欲しいとお爺さんにお願いした。
精錬された銀は高価なため、工房には在庫していないのを知っていたので、精錬前の銀粒を5個仕入れてもらった。
精錬前の銀粒は、1個が5㎜くらいの物で、これを鍛冶屋では『るつぼ』で加熱する。
銀粒に多く含まれている鉛を熱して、銀より早く溶けた鉛を動物の骨を燃やした灰に吸わせて、銀の濃度上げていく方法が灰吹法だ。
だが私は、この精錬前の銀粒を土魔法で練り練りして、銀と鉛を分離していく。
これが土魔法の訓練にもなる。
まず3個を手のひらで練っていく。
追加で2個。
銀は魔力を通しやすいので、これで銀線を作って、光魔法の光源部を作るのだ。
あとはアルミで反射板を作り、鉄を練り練りして薄く伸ばして円筒状にしていく。
最終的に魔石を入れるのだが、大きな魔石は高いので、小さめの魔石で作ってみた。
すべての部品をスモールダウンして完成した懐中電灯は、ほぼペンライトの大きさになってしまった。
長さ10cm、直径1cm。
材料が余ったので同じものを10個作成した。
最初に作った懐中電灯が売れたのが、はやり貴族であったために、魔力を持った顧客が多い事に気が付いた。
そこでドライヤーを開発した。
この器具には風魔法と火魔法の2つの魔法陣を使うのだが、顧客の魔力を使えるなら、適性と関係なく、魔法陣で火魔法と風魔法が起動できるのだ。
このドライヤーがヒット商品になった。
試作した5個が売れたあと、受注生産になり、コピー防止のため、製造番号を付け、魔法陣は吸気口近くの勘合部に貼り付けたため、分解すると魔法陣が破れ、動かなくなる仕組みだ。
魔法陣のプログラムにはカタカナを使って、出来る限り書き写ししにくい仕様にした。
おそらく、ソとン、ワとクは区別できないだろう。
そんなヒット商品でも、王都に知れ渡る事は無かった。
貴族間の壁は厚く、浸透には長期間掛かるのだろう。
普及させたいという思惑もあり、父から守備隊隊長にお歳暮として渡してもらった。
ドライヤーの生産が落ち着いた半年後、瞬間湯沸かし器を開発。
こちらは1回魔力を満タンに入れておけば、桶1個分のお湯を30杯40℃のお湯が出せる機械だ。
これも火魔法と水魔法の2つの魔法陣によって実現させている。
だがこれが売れない。
『すぐにお湯』という需要が無いようだ。
そこで別の方向から攻める事にした。魔法で出す水は不純物の無い純水。
そこで商品名も純水湯沸かし器にして、貴族の令嬢のニキビ対策として、殺菌効果の高い酸性薬水とセットで売る事にした。
ドライヤーの反省もあり、サマンサさんの伝手を頼りに、王都でニキビに悩む貴族令嬢を探したのだ。
王都への馬車は5日間の日程。
暇に任せ銀粒を練り練りしながら土魔法の練度を上げている。
途中に魔力切れで眠ってしまうのも計算に入っている。
王都の魔道具店に委託販売をするのだが、とりあえず、1日1軒の貴族邸を訪れる事になっている。
3日間のプロモーション販売で、1か月間はモニターだ。
何と言っても8歳の結構綺麗な肌の女の子が開発したのだ。
(僕は男だと言っているのだが…)
洗面器を用意してもらい、その中に純水のお湯を張り、顔を付ける。
しばらくして毛穴が開いたところで、一旦汗を拭きとり、殺菌効果の高い酸性薬水をフェイスパックに付けて顔に置く。
ここまでを見本として、やって見せた。
さて、お嬢様のニキビ対策が終われば、今度は奥様だが貴族なので一人では無い。
まず第1夫人から再び洗面器に純水のお湯を張り、フェイスパックには美容液を使う。
しっとりお肌用と、さっぱりお肌用を用意して、私が同じくさっぱりお肌用のフェイスパックを使う。
汗が出なくなってから使う事が重要。
かつ、長い時間付けていれば効果が高い訳ではない。
かえって乾燥が進むのだ。
こんな使用上の注意をしてからフェイスパックを取る。
何と言っても8歳だし、しかも女性に負けない肌の僕。
「男の僕がこれですから、元々お綺麗な奥様方であれば、より一層効果が期待できます」
と言い切る事が大事なのだ。
3日間のデモが終わり、持参した『純水湯沸かし器』10台は委託相手のサマンサさんの知り合いの店に置いて帰る。
薬は元々魔術師が作ってきたもので過去からあるのだ。
あとはフェイスパックを新規に作成するのだが、サイズはオーダーでもいいだろうね。
私がフェドラ町に戻る頃には、委託販売店に問い合わせがパラパラ入り始めていたそうだ。
3軒の貴族邸で
「まだ機械や薬の生産が追いついていませんから、しばらくは内緒にしておいてください。お願いします。」
と、丁寧にお願いしたのが良かったのだろう。
『内緒で』と言うと、なぜか『誰から聞いたかは言わないで』という注釈付きで話がすぐに伝わっていくのだ。
1軒に納入が決まると、フェイスパックを複数オーダーされるので、これが結構手間が掛かる。
私はこの純水湯沸かし器の生産に追われる事になった。
次々とヒットを飛ばすのはいいが、さすがにサマンサさんがギブアップと言い出した。
「カール君、これ以上は勘弁しておくれ。ひっきりなしに伝言鳥が飛んできて、対応ができないんだよ。」
「はー、すみません。やり過ぎましたね。」
「ああ。カール君はそろそろダグザ武器店の仕事に力を入れたらどうかな?お爺さんは暇なんだろ?」
「はい、おっしゃる通りですね。ではダグザ武器店へ戻ります。また用事がありましたら、呼んでください。」
そう言って、ダグザ武器店へ戻る事にした。
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