第84話 東の森ハリコフ
王国歴260年5月3週目
気まぐれに、開発のうっぷん晴らしに、アリスと2人で東の森の町ハリコフに行くことにした。
だがセバスは少し心配のようだ。
確かに以前の3人組と比べると手薄には違いない。
だけど、馬車と違ってレナの運転で、という訳にもいかない。
このあたりは何か考える必要があるだろう。
ゴーレム魔法を使って人間型の人工体を考えた方が良いだろうか。
目的地である東方方面軍はまだ湖の町で研修中だろうと思うが、エリオット経由でシンシア少佐に視察の許可を得ている。
王都を東側に出ると、延々と草原が広がる大きな水源の無い未開発地域である。
ハリコフまで行くと川が流れていて町ができている。
王都からハリコフまで500km弱。
この国の王族は国の発展に関心がない。途中に小さな村がいくつかあるので、3時間ごとに休憩がてら肥料を住民にあげて、使い方を説明した。
ご厚意で昼食を頂く事に。障害物がないので、陽が沈む限界近くまで明るい。
約10時間半後にハリコフに到着した。
家と家の間隔が広く、すべての家に納屋がある。
街中の道路は広く家も道路から少し引っ込んでいて、帝国の文化なのか?という印象を持つ。
宿屋を探していたら、陽が暮れてしまった。人が何人か庭先に集まっていた所へ行き、宿屋を聞いたが、おばさんは無いとの回答。
おばさん「坊ちゃん、ここの町長さんとこに泊めてもらいなよ。」
その小さな屋敷は町長の家だった。
そして、その庭には人が倒れていた。
見覚えのある共和国魔術師の制服を着た中年女性だった。
私の表情から単なる行き倒れではない何かを感じた町長は、中にいた者に言いつけて、方面軍に事態を連絡させに行かせたのだった。
町長「どなたかは存じませんが、この者に心当たりがおありのようだ。申し訳ないが、役人がくるまで、お付き合い願えませんか。」
「ああ、もちろん構わない。」
アリスに事情を説明しようと、軽装甲車の方を見ると、アリスが偵察犬の首紐を持って町長の屋敷の裏側に向かって歩いていた。
裏口に近い壁際で、隠れるような仕草の少女を発見し、話を聞こうとしているようだ。どうやら、この倒れている者を屋敷の影から見ていたようだ。
アリスが偵察犬を離し、モニター用のタブレットを持ってこちらにやって来た。
アリス「少女を保護しました。目立たぬよう屋敷内に入れてもらいましょう。」
「わかった、裏口から入れてもらおう」
私は町長に
「関係者と思われる少女を保護している。裏口から屋敷に入れてほしいのですが…」
と、話し掛けて町長と共に屋敷に入り、そのまま裏口に行って、外にいたアリスと少女を屋敷内に招き入れた。そして町長に挨拶をした。
「私は七曜の幹部、カールと申します。王国軍情報部のアドバイザーをしています。彼女はアリスと言います。」
挨拶をしていたら、偵察犬が屋敷に向かって歩いてくる3人の人物を発見し、タブレットに映し出していた。
アリス「屋敷に3人の男が来ます。一人は方面軍の兵士ですね。」
タブレットには、3人が倒れている女性の生死を確認している姿が映し出された。
それから、屋敷入口のドアに向かって歩いてくる3人。
ドアがノックされた。
『カンカン』
屋敷の使用人「ご主人さま、守備隊のフランキー様と方面軍の方を呼んでまいりました。」
町長「入ってもらってくれ。」
そう言うと、使用人はドアを開けて入った場所に残り、守備隊のフランキーという人物と、方面軍兵士が町長の近くにやって来た。
『カシッ』
ブーツ同士が当たる音を立てて、方面軍兵士が私に敬礼をした。思わず、敬礼を返したが、
兵士「表の車の紋章は分かりましたが、戦闘服でなかったので、気付くのが遅れました。申し訳ありません。」
「いや、大丈夫だ。それより町長や守備隊の方が驚いているから、普通に話してくれ。」
兵士「はい、承知しました。」
フランキー「私は守備隊の隊長を務めているフランキーだ。よろしく頼む。」
「はい、よろしく。」
町長「では、カール様。あの女性の事で知っている事をお話し頂けますか?」
「ああ。あの制服はノロ共和国の魔術師だ。以前に鉱山町イワノフで見た事がある。」
「なぜ殺されたのかなどは今後の調査次第だろう。ところで彼女の所持品に印籠はありましたか?」
守備隊隊長「いや、所持品は特にない。」
その回答を聞いて、エリオットに伝言鳥を飛ばす。
「カールだ。宰相閣下とシンシア少佐に、ハリコフにてノロ共和国の魔術師の死体を発見したと、至急伝えてほしい。詳細はこれから調査する。」
続いて方面軍兵士に
「悪いが至急、東方方面軍隊長及び副隊長に、この事件の第1報を伝えてもらいたい。宰相閣下にも報告済みだとも。」
兵士「はい、了解しました。」
兵士は慌てて屋敷を出て行った。
『宰相閣下』という言葉が飛び出して、町長と守備隊長がフリーズしていたが、
守備隊長「あのー、宰相閣…」
「すまないが、被害者は外国の魔術師だ。治安維持の守備隊の管轄ではない。この事件は王国軍の管轄になる。私は王国軍の中佐なのだ。ただし、犯人はまだ周囲にいるだろうから、住民に被害が出ないように警戒をしてくれ。」
守備隊長「わかりました。」
そう言って、話を打ち切り、アリスの隣の少女の所に行った。
「私達は今夜、ここで泊めてもらう。一緒にいるから安心して。」
そう言って、使用人に今夜泊めてもらう部屋に案内を頼むと、使用人は町長へ確認に行き、すぐに戻ってきて、2階の部屋に案内された。
ベッドは2つしか無いが、多分今夜は本格的に眠る事はないだろう。
アリス「あなたの事、教えてくれる?」
「私はフローレンス…。」
アリス「あの人はお母さんだったの?」
フローレンス「いいえ、違います。あの人は私をこの国へ逃がしてくれた人です。」
共和国から逃げて来た少女か…だが、細かい事情はまだ全く分かっていない。
「とにかく、今は安全な場所に避難する事が最優先だね。それでいいかなフローレンス。」
フローレンス「はい。」
アリスに彼女の傍に付いていてもらい、私は1階へ降りる。
身の回りの荷物を取りに、軽装甲車の後部へ向かうが、途中、偵察犬が私に飛び付いて来て、押し倒されてしまった。
金属筐体なので、とにかく重い。
『ザン、ザン』
何かが芝生に刺さる音がした。
偵察犬と連動したタブレットが、向かいの家の屋根に潜む男をアップで映し出していた。
手に持っているのは吹き矢のようだ。
軽装甲車の後部ドアを開けて、中に入り、ハッチから38式歩兵銃のスコープを覗き、敵の姿を映し出すタブレットの映像とスコープ画像を比較する。
今は屋根の左端に移動したようだ。
こんな時、偵察犬と音声通話が出来ればいいなーと、アイデアが浮かぶ。
確かに左端の上から頭が出ている。
モグラ叩きのように徐々に上がってくる頭。
今度は庭に戻ってきた方面軍兵士を狙っているようだ。
吹き矢の筒を口元に構えた。
『パーン』
頭を打ち抜いていた。
本来は尋問ができるようにしたいのだが、仕方ない。
偵察犬が素早く敵の死体の元に行き、吹き矢をくわえて戻ってきた。
頭を撫でながら
「吹き矢を回収して来てくれたんだね。そうだ君は『シェパード』という名前がいいかな。」
首を傾げるかわいい動作…こんなプログラム組んでないと思うんだけど…
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