第77話 アンジェラ姫の復学
旧王都ショコラから王都までは、やはり交通量が多くノロノロ運転になった。でも、現代人とは違い、みな掛かる時間は同じだからと、イライラする者はいない。
昼過ぎは街道沿いに、ほぼ全ての馬車が止まって昼食を取っているし、夕刻にはお茶を飲んでいる人達が圧倒的に多い。馬車の軸が脆いので街道の外れでは必ず故障した馬車が止まっている。車軸にベアリングをはめるだけで、随分と故障率は減るのだが…。
自転車のタイヤのような馬車の車輪を、車軸もろとも単車の車輪なみに交換すればいいかも知れない。考えごとをしていると、あっと言う間に運転を交代する時間になっていた。もうすぐ王都の防壁が見えてくる。
私達の屋敷は、南東側の外周路に近いため、むしろここから中心部に入る馬車達から外れ、交通量が少ない郊外を行く。約8時間。ようやく屋敷に到着だ。私達はショコラから1日で帰ってきたが、姫は来週から学園にいく事になっている。
そこで考えねばならないのが、姫の身代わりをしていたグレースという女の事だ。この女の指示でソフィア、オリビア、間接的ではあるがデイジーもその犠牲になったのだ。
難しいのは、我々が手を下したという証拠を残さず、やったのは七曜であり、決して手を出してはならない相手だと分からせないといけない。
1つ目の条件である『我々が手を下したという証拠を残さない』は、まさに、我々が手を下さなければ良い。
2つ目の条件、『やったのは七曜』だと思わせる状況が必要なのだ。
一方で、来週、11月以降にアンジェラ姫が登校する日に、病気が全快した姫と、姫の身代わりをしていたグレースの両者を大勢に見せて、今までの行いがグレースが原因だった事を、大勢に気づかせる必要があった。
そこで七曜から鉄道模型を持ち込んで、学園祭イベントを行う事にした。人気なのはやはり、鉄道のミニチュア模型の上に乗り、土魔法で作ったフェドラ町から王都西駅、そして将来構想ではあるが、旧王都のショコラをぐるっと1周するコースを回る。
そのミニチュアの動力車を作る事にした。人が乗る事を想定しているため、動力車には翼のように足を乗せるステップのような物を左右に出す。動力車の後ろには客車が連結され、この客車に椅子を取り付けていて、ここにお尻を乗せることになる。
ミニチュア動力車は、連結する後部の貨物車のタンクを収納して、ここからホースでつないでガスの供給を受けるしくみだ。こうすることでタンクの上に人が乗らないようにして、安全を確保した。
今回は動力車にある紐を強く引くと、くす玉のように動力車の上部から、花火(音響閃光弾)が10m程度上空に飛び出して、炸裂する仕組みを入れてある。
この仕組みとイベントの流れを提案書にして、学園に提出して職員会議で了承された。
当然、学園祭といっても教育の一環。成績優秀者に『私の勉強法』という課題発表も考えさせている。10名の発表者には動力模型にも乗れる事を伝えてある。
午後のイベントは、病気から回復した姫のお披露目イベントだ。前日に我が屋敷に来て頂き、最終的なお肌の状態確認とお化粧をして、当日に学園にサプライズで登場するのだ。
このため、このイベントには王族も来て頂く事にした。
日曜日に学園へ行き、舞台となるミニチュア鉄道を走らせるコースを校庭に円形で作った。その光景は、学園の寮からも見えて、生徒からの期待も高まっただろう。当日は来賓として王族もお越しになるため、来賓用テントの設営もしている。
飲み物を提供するテントも呼んである。そんな中、イベント実施者である七曜幹部のセバスは、学園長室を借り、姫に明日の行事に関する説明をしていた。
セバス「グレースさん、アンジェラ姫の身代わりご苦労さまでした。」
グレース「えっ、学園長代理はご存知でしたの?」
セバス「ははは。もちろんですよ、学園長代理だからね。」
そう言われれば、当たり前のように思われた。
セバス「そこで姫として最後にもうひと働きお願いをしたい。明日の午後、鉄道模型の最初の乗客になってもらいたい。そして1周したあとに君の挨拶だ。姫はまもなく復学される。そこで、これまで通り姫をよろしく頼むと言って欲しいのだ。」
セバス「当日、午後はこの衣装に着替えて、鉄道模型に乗り込んでくれ。」
それは、主賓にふさわしいキラキラしたミニドレスであった。これほどの物は着た事はない。
セバス「サイズ合わせだけはしておこう。レナ、頼んだよ。」
そう言うとレナが現れ、隣の部屋で衣装合わせが行われた。そして、あすお昼にもう一度この部屋に来て、着付ける事になった。手鏡ではあったが、本当に綺麗な衣装だとグレースは思った。
グレース「あの衣装は、その後、どうされるのですか?」
セバス「もちろん君の物だ、気に入ったのなら、持ち帰ってくれていい。それと、鉄道の先頭部分には、この丸い大きなパネルが付くから、下着が見える心配はないから身を乗り出して手を振るなど、愛想よくしてくれ。但し、立ち上がったりしないでくれ、危険だからね。」
グレース「はい。分かりました。」
----- グレース視点 -----
事前の説明を受けて、人生で初めて運が向いて来たと思った。侯爵の妾の娘、それは本来なら豊かな生活が保障されている筈だった。しかも王族に連なる侯爵家なのだ。メイドが身の回りの事をしてくれる、そんな人生の筈だった。
なのに、あの男は父親としての責任を果たそうとせず、私達親子を認めようともしなかったケチの最低男だ。既に15歳なのに12歳の姫の身代わり?だけど、学園に来ただけでお金がもらえて、手紙を書いてお金をもらって、あいつの指示通りにすれば都度お金をもらえる。
最近は授業に出なくても誰も怒らないと分かり、ぶらぶらしていれば結構いい食事にありつける。喋らなければ、誰にもバレないし、ちょっと睨みつければ、言うことを聞く。姫はいい気分だ。姫はいつでも卒業できる成績らしい。
その姫も、もうすぐ戻ってくるらしい。金持ちがこんな退屈な生活だとは思わなかった。私も母の所へ戻りたい。
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