第69話 鉱山の不審者調査3
宰相から、せっかく知らない町へ来たのだからと、帰るついでに10月いっぱいは、国中を見て回れば良いだろうと言われ、2週間分の旅費とお小遣いを頂いた。
(すでに息子に内定したのか?)
マックス守備隊長から町の名物といわれる露天商通りを案内してもらう事になった。
(実はスリ抑止のための同行らしい)
隊長との雑談で偶然、王国歴の話が聞けた。
元々先代国王の時代に、帝国が教会を通じ『帝国歴』の使用を勧めてきた。これに反発した王国側が、勝手に帝国歴よりも古い歴史を持つなどと虚言を言い、10年多い年号を使い出した。
帝国が教会経由で各国に通達さえしなければ、元々、帝国歴も使っていたものを、わざわざメンツをつぶしたのが、いけなかったのだ。古いからなんだと言うのだ。(現在の王国歴は259年、帝国歴は253年だ)
新王になって年号を変えるならともかく、年数を変えたせいで、空白の10年間が生まれてしまった。当時の人々はこれを『失われた10年』と呼んだそうだ。
この鉱山町のように、ただ土を掘れば価値が生まれる、言わば『無から、有が生み出される』場所に、あちこちの町や村から人が集まり、闇鍋状態の景気良さは、他では見る事は出来ない世界だ。
町全体がすすけたような薄汚れた見た目なのに、商店の収入は多く、他の町の商人に負けない不思議ショップもある。
恐らく、掘り出した物をくすねる作業員が居るのだろう。それなりに価値がある鉱石類もある。高額な値段がついた水晶、不純物が多い燃料石、昔は海だった証拠の貝の化石。ふと目に入ったのは、あの印籠だ。
「おや、お嬢ちゃん。これが気になるのかい?」
お婆さんの言葉が理解できた途端に、興味を失った。
「僕は男です。」
歩き出そうとする私を、必死で呼び止める。
お婆さん「ああ、ごめんごめん。悪かったから、機嫌を直しておくれ。」
私がお婆さんを睨むと、
お婆さん「銀貨1枚のところ、大銅貨1枚でいいから、ね?」
思わず、にっこりしながら印籠と引き換えにお金を渡し、歩き出す。宿に戻ったらチェックしよう。再び、両側に露天商の並ぶカオスな通りを歩く。
それにしても、ヘルメットをかぶっているのに、女の子と間違えられるなんて…。待てよ、まさか…そう思って胸を見るが平面に近い。アリスと比べれば、胸当ての形が全然違うのだから、間違える筈がないのだ。
アリス「カール様、どうかしましたか?」
「いや、ヘルメットを付けていて女の子に間違えられたのは、初めてだから不思議だったんだ。」
エリオット「あれはわざと女の子に間違えて、綺麗な顔だと褒めたつもりだったのではないですか?」
アリス「確かに。もし本当にカール様が女性なら、そのお顔を褒めるしかありませんからね。」
「残念な胸ってか…」
さて、宿に戻り、隊長と別れたあと、印籠を見てみる。今まで見た物と違い、簡単に蓋があかない。細工があるようだ。
「共和国の魔術師がなぜ鉱山の坑道に現れたのか、可能性は3つ。」
ひとつ。山を越えようとして、雪山からクレバスに滑落し、土魔法で穴を掘って、偶然現れた。
ふたつ。クレバスから侵入する目的で、山に登り、土魔法で穴を掘って現れた。
みっつ。何かを追いかけて、クレバスに落ち、土魔法で穴を掘って現れた。
「エリオットは、どう思う?」
エリオット「冬は吹雪が多いし、雪でどこにクレバスがあるかは外からは見分けが付かない筈です。」
アリス「つまり、クレバスには『落ちてしまった』という事ね。」
「私もそれには賛成だな。落ちても構わないと思っていた…少なくても山越えを狙っていたとするのは無理がある。どう考えても山を越えるのは不可能だからね。」
エリオット「しかも、クレバスに落ちなくても、凍死する可能性が高い。」
アリス「つまり、2番目のケースですね…どこにあるかは分からないけど、クレバスから侵入するつもりだった…。むしろ雪が多くてクッションになる事に期待した?」
アリスに印籠を渡して細工の謎解きに取り組んでもらう。エリオットも一緒だが、中身が危険な薬でなければ、こんな細工はいらない気がする。注意深く取り扱ってね。
さして複雑な仕組みはなく、単なるロック機構のようだった。だが、内部に薬草は無かったが、幻覚剤に類する成分の痕跡があった。また印籠には『ラクヨウ』という刻印があった。
私は今回の報告書の作成をする。
不審者は共和国魔術師。2名の遺体を確認、所持品の回収を行った。
・衣服などの工業製品は、我が国の技術水準より低く、下着類などは顕著な違いがある。
・身体に漢方薬などを仕込むなど、漢方薬依存の傾向がみられる。
・印籠などを使っており、ポーションなどが不足、又は無い可能性がある。
・魔術師の平均年齢が高く、30代が多い。理由は不明。
共和国魔術師は、雪のクッションに期待して、敢えて冬場のクレバスに転落し土魔法により、土中に穴をあけ坑道に侵入したと見られる。骨折等の負傷により2名が死亡した。尚、第2坑道に侵入し発見された不審者が、死亡した魔術師かどうかは不明。
以上のように推察する。
尚、市内にて印籠を発見。2名以外にも坑道に共和国魔術師が来た事があると判明。
印籠は容易に開封できない構造で、内部に幻覚剤の痕跡があった。
印籠の底には『ガクヨウ』と刻印があったが、所持者の名前なのか部隊名なのかも不明。
エリオットからシンシア宛に報告書を提出し終わって『仕事が終わったー』という達成感と充実感が3人全員にあったようで、それこそ、『喜び』があふれ出ていた。
喜びのエネルギーを得て精霊が目を覚まし、エリオットに呼びかけてきた。
精霊「私は風の精霊、喜びのエネルギーを得て育つの。」
エリオット「精霊さん、お名前は?」
精霊「名は契約相手にだけ教えるもの。今は誰にも教えられないの。」
エリオット「そうか~。僕はエリオット、彼がカール、彼女はアリスだよ。よろしく」
精霊「みなさんのエネルギーをもらっています。お礼に魔法についてお話ししましょう。」
そういって風の魔法について教えてくれた。私はウインドストームの魔法陣を見ながら、古代文字の読みと意味を説明してもらった。
基本的に風魔法の有効範囲は約340mで、音速と同じようだ。だから340mを越える場所には、精霊の力を使わなければ力を行使できない。逆に、この範囲内だと音を魔力で集める事ができる。
学習が終わり、腹筋と腕立て伏せを宿でやったあと、庭に出て素振りのあと、エリオットと模擬戦を行ったのだが、エリオットに上段からの切りこみを入れようとした所で、突然、彼を包み込むバリアが出現し、訓練用の木剣が弾かれてしまった。
基本的に武器を持たないスタイルのエリオットには、風のバリアは非常に相性がいい。
しかも、この精霊のペンダントを付けていると、伝言鳥の魔法が使えるらしい。
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