第68話 鉱山の不審者調査2
翌日、続きの作業に取り掛かるため守備隊本部に出勤した。マックス守備隊隊長から、来週、宰相が遺体を確認しに来る事になったのだが、確認作業が終わるまで、回収した遺体の腐敗が進まないようにしたいという相談を受け、所持品全てを回収したあと、下着姿の状態で私の水魔法で氷を生み出して、棺桶に入れる事にした。これを毎日やらないといけない。
引き続き、坑道調査を行い、亀裂の奥に横穴があって、それが魔法によって作られた事が壁面のつるつる状態から判断できた。だが、その横穴も途中から上方向に変化していた。横穴の上部を確認すべく、アリス、エリオットと手分けして、土魔法で階段などを作りつつ、事故がないように上に登ると、そこは一面雪のクレバス(裂け目)であった。
坑道の落盤事故が共和国からの侵入者によるものなら、第2坑道の不審者目撃情報は間違いなく共和国の魔術師だろう。第2坑道は第1と同じで湖方向に進み、且つ、上方向に旋回するように登るルートなため、クレバスとの高低差が少なく、落ちても死亡する確率が低い事が想定されるからだ。
第2坑道にも落盤箇所があったのだが、こちらは現場を復旧しても遺体は無かった事から、魔術師は生きていると判断して、急遽、作業員に退去を指示。
作業員全員の坑道からの退去が確認され、捜索を開始するも、落盤箇所の奥で死体が発見された。脚の変形から、骨折で満足に歩ける状態ではなかったと推測された。こちらも守備隊本部地下に運んでもらい、棺桶に入れてある。
尾根沿いに進む新しい第3坑道は、共和国側から遠く、異常は発見されていない。
翌週に、宰相とシンシアが守備隊本部に来た。
宰相「カール殿、早速解明できたようだね。さすがだ。」
「いえ、わざわざのお運び、恐縮です。」
「シンシア少佐、お久しぶりです。」
シンシア「お久しぶりです、カール殿。」
宰相「早速だが、遺体を確認させてもらいたい。」
「シンシア少佐も一緒で大丈夫ですか?」
シンシア「平気だとは言えないけど、これも任務ですから…頑張ります。」
地下牢の中まで守備隊のマックス隊長が先導し、最後尾にハンター副隊長が付いている。
棺桶の横には着ていた衣服が並べられている。魔術部隊の制服と印籠、腰ベルトにタバコサイズの携帯品入れが4つ付いている。
まず中の遺体を確認する。既に2体とも衣服は脱がせて、下着姿にされている。まず、年齢は若くなかった。2名とも30代だろうと判断された。いずれも宰相閣下の見立てだ。
服装は綿で作られている。女性の胸にはブラジャーはなく、全員サラシ状の布が巻かれていた。パンツも綿製。ベルトの携帯品入れには銀貨と銅貨、綿の布、2つは共に空だった。ポーションなどのガラス容器はなく、木をくり抜いた印籠のような容器に薬草のような物が入っていた。
私は女性に触れて分析を試みる。すると左乳房の下側、皮下脂肪の下あたりにカプセル状の物が入っている事がわかった。
宰相閣下に、ふたりで話がしたいと申し出て、シンシア、アリス、エリオットに地階から出てもらう事にした。そして、30代女性のサラシを緩めて、宰相にカプセルを取り出してもらう。結局、2人共に同じ位置にカプセルが入っていて、中に粘度の高い液体が入っていた。
宰相には女性の体を切って、カプセルを取り出す事が出来なかった事をお詫びした。
宰相「いや、カール殿。君の診断能力に驚くとともに、簡単に体を切れない君の精神に安堵しているのだ。年齢以上の事をさせているという自覚を私も持たねばならない。今以上の無理はするな。」
「はい。ありがとうございます。」
そう言いながら、印籠の中の薬草を分析する。これは、気付け薬だ。直接噛む事で興奮剤のような効果が得られる。そして細いカプセル内の液状の物は強心剤のようだった。どうやら共和国は薬を多用する傾向があるようだ。
「以上の事は、帰ってから訓練として他の者に分析させてください。私の能力は隠したいので。」
宰相「分かった。ご苦労であった。今回はこれまでだな。」
調査活動は終了し、このあと、2人の遺体は丁重に葬られるそうだ。人間の遺体を確認したあとではあるが、宰相から『5人で夕食を』と誘われた。シンシア少佐の業務委託部隊としての初顔合わせだ。
田舎の町ながら、食事は肉体労働者の多い地区らしく、比較的味が濃く、私は美味しく頂いた。湖の町から手に入れるのか魚の料理もあった。おそらく高級なお値段なのだろう。
エリオット「シンシアさん、これ湖の町バルナのおみやげです。良ければもらってもらえませんか?」
シンシア「えっ?…私に…?」
この場の宰相、私、アリスの3人ともが固まっていた。
シンシア「これって、プロポ…」
エリオット「違います! 『おみやげ』でポロポーズする人なんている訳ないでしょう?」
(あわててしゃべって『ポロポーズ』ってなんだよ…でもこれがわざとなら役者だ。)
「宰相閣下に提案なんですが…よろしいでしょうか?」
宰相「うむ。」
「シンシア少佐との委託契約を期に、エリオットをシンシア少佐の副官として派遣しようと考えているのです。」
宰相「派遣…」
「エリオットは魔術師の加護を持っていませんが、伝言鳥が使える筈です。その理由は話せませんが。更に、銃や弾丸などの製造もできるので、不足した武器・弾薬を参謀本部内で、すぐに補充できます。」
「委託契約を解除しない限り、どのような汚れ仕事だろうと辞める事はありませんが、その代わり、シンシアさんの掴んだ情報は必然的に私達と共有される事になります。」
「つまり、この委託契約は、宰相閣下と我々七曜幹部との同盟を意味する事になります。お互いにその覚悟が必要という事ですね。」
宰相「あの貝殻はそういう意味か?」
「いえ、あれはエリオットの個人的な…そう下心でしょうか?」
エリオットのこめかみが『ヒクッ』と動いた気がしたが
「もちろん給料は彼に直接支払ってあげてくださいね。」
宰相「わかった。委託契約というのは隠して、あくまで国防軍に採用する手続きで進める事になるだろう。採用試験にも参加してもらう。問題は王立学園出身者じゃない事だな。」
エリオット「いえ、9月に王立学園5年生に上がったところです。257年2月生まれ、来年13歳になります。」
宰相「そうか、シンシアの5歳年下か…」
「シンシア少佐の副官として、年齢もちょうど良いでしょう?」
宰相「確かに不自然な所は無い。シンシア、それでいいか?」
シンシア「はい、お父様」
宰相「いや、本当に有意義な会食になった。」
エリオット「来年、卒業試験に合格すれば、すぐに採用試験を受験できます。どうぞよろしくお願いします。」
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