第65話 南方方面軍
応接室に入って来たのは、見覚えのある男女であった。何故か2人は、私達3人が座る向かいの席の後ろで、まず敬礼をした。
指揮官「南方方面軍への視察、感謝致します。カール殿。」
慌てて、起立して敬礼を返す私。アリスとエリオットは戸惑い、敬礼の真似をする。
「こちらはアリス、そして彼はエリオットと言います。とにかく座って下さい。」
指揮官「私はフレディーと申します。南方方面軍の臨時隊長、階級は士長です。」
女性指揮官「私はシャーロットです。南方方面軍 偵察隊の士長で、フレディーの副官を拝命致しました。」
そう言ってから、全員でソファーに座った。シャーロット士長の合図でお茶が出て来た。
「おふたりとも、見覚えがある気がしますが…」
フレディー「はい。北方方面軍で近接戦闘部隊の予備兵でしたから…。」
シャーロット「私は砦守備隊に所属してました。」
ふたりの話を総合すると、私が退職したあと、兵士の私への敬礼が無かった事が問題視され、国王から厳重注意が言い渡されたらしい。『七曜の紋を見たら敬礼』と徹底されているらしく、今では鉄道の動力車にも敬礼しているそうだ。
そんな退職事件のあと、王族会議で実戦経験の重要性が王太子から語られ、各方面軍から北方へ交代で訓練に行っているそうだ。実戦として銃を撃ったり、剣で斬ったりは、北方の魔物や中型獣相手でないと経験できないためだ。
そのため、北方方面軍の予備兵から優秀な者が選ばれ、士長に昇任されて隊長として南方や東方に派遣されているらしい。
「で、どれだけの方面軍兵士が北に訓練に行っているのですか?」
フレディー「はい。こちらからは20名が訓練に行っていまして、砦から西側の海岸まで、警備と歩兵銃の射撃訓練を兼ねて、魔物掃討を行っています。」
シャーロット「逆に、ローガン率いる砦守備隊が解散となり、防衛部隊と名を替え、その中から10名が歩兵銃を持って、この南方へ駐留しています。」
「じゃー、南方方面軍68名は、現在48名+指揮官2名+防衛部隊10名の60名って事か。」
フレディー「はい。訓練が後になる隊員も、今はクロスボウを装備していますから、万全かと思います。」
「歩兵銃の補充は、もう受注したのかな?」
エリオット「それはもう受注して既に追加、40挺納入済みです。」
「えっ、アリスとエリオットが作ったの?」
アリス「何を言ってるのですか、『銃身を高速度鋼に替えなきゃ』と私に言ったのはカール様ですよ。エリオットと一緒に頑張って作ったんですから…」
エリオット「ほんと。最初は苦労したんだよね。カール様は思考の海から戻って来ないし…高速度鋼で作った銃身には、七曜のロゴマークが区別として入れてあります。」
フレディーとシャーロットの目は、アリスとエリオットに対してもキラキラと輝くようになった瞬間であった。カールは
「湖の向こう側に異変は無い?」と聞くと、
シャーロット「はい。常に監視はしていますが、今のところ何もありません。」
「ここは遠浅だから大きな船では接近できないけど、漂着物にも注意を払ってね。それと歩兵銃は音が大きいから、敵に気付かれないクロスボウの利点も考えて、うまく使い分けるようにね。」
「では、僕たちはこれで失礼するよ。今の状況を知りたかっただけだから。」
フレディー「はい。ありがとうございました。これを宰相からお預かりしておりました。」
「えっ、何これ?」
フレディー「隊長として赴任する際に、カール様が来られた時のためにと渡された宿泊券です。万難を排し、失礼の無いようにとの厳命でしたので、これでほっとしました。」
「迷惑を掛けてすまなかったね。」
シャーロット「とんでもないです。いつでもお立ち寄りください。」
そう挨拶を交わして、私達は宿に向かった。観光がこの町の産業だから、安全と安心が必要とされている。
宿の最上階。3階の唯一の部屋、スイートルームに泊めてもらっている。湖に面して張り出した窓。その窓枠から見える湖面に、月でも浮かべば最高だろうけど、この世界には幻影の満月しかなく、見える間隔もランダムなのだ。
部屋で提供された夕食は、珍しいというだけで口には合わなかった。仕方がないので、3人でカップ麺を食べる事にした。軽装甲車に取りに行く役は、じゃんけんで決める。子供気分で楽しい。だが負けたのは私だった。
1階で貝殻のアクセサリーが売っていたので1つ購入。領収証をもらう。
フロントで女将を呼んで、部屋の空きを聞いてみた。
「2階に風呂付の部屋は有るかな?」
女将「はい。ございます。」
「じゃ~貸してもらえますか? 代金はこのカードで」
ギルドカードで支払い、鍵を受け取る。
3階のスイートルームに戻り、カップ麺が夕食だ。元々それほど食欲が無かった事もあり、カップ麺はちょうど良い食事だ。(カップ麺も高級だけどな)
アリスが入れたお茶を飲みながらエリオットに
「エリオット、シンシアを女性としてどう思う?」
エリオット「ん~、それは政略結婚という意味かな?」
「申し訳ないけど、その通り。でも、今すぐじゃない。ただ、いつまでもセバスやジャック、レナに守られている訳にはいかないから、できれば王宮内部の情報をエリオットに集めてもらいたいんだ。」
「そして、シンシアは『伝言鳥が使えない』事と、目立った長所が無い事が弱点だけど、王族に最も近い公爵家の地位と、情報将校という長所があって、これを補完する意味でエリオットは最適だと思っている。もちろんエリオットのタイプじゃないなら、この話は進めなくていい。」
エリオット「いや、恋愛はまだ経験が無いから、自分でも好みのタイプは分からないけど、シンシアは嫌いじゃないね。」
「そうか、じゃこれを次に会った時にプレゼントして、反応を見てくれるかな。」
そういって貝殻のアクセサリーを渡した。
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