第64話 委託契約
夜の部、スタートです。
王国歴259年10月第1週
12歳になった。
アリスは1月で13歳になる。
エリオットも2月で13歳。
つまり二人とも私より1歳ほど年上なのだ。
サマンサさんがくれた教科書に『176.9』という数字が書いてあったのだけど、これは王国歴だろうという推理をセバスがした事が今回の騒動の始まりであった。
確かに入学当時の年号と推理するのは妥当だ。
259-176=83年前に、当時のサマンサさんは、8歳~10歳。
何かおかしい。
サマンサさんが現在91歳~93歳という事になってしまう。
しかし、古い事を知っている人は、なかなかいないからね。
ところで、12歳になれば、何かが大きく変わる。
そんな期待をしていた私だが、朝起きて7時半に朝食を食べ、裏庭5周、腹筋、腕立て伏せ、素振り、そしてジャックとの模擬戦。
だが私の剣は、オリジナルの70cmの剣のまま。
ここまでは、何も変わっていない。
トレーニングには、アリスとエリオットも参加している。
違いはこれだけだ。
ジャックが言うには、15歳頃には標準の剣を使えるだろうとの事だ。
いくら背が伸びたとしても、剣の長さは体力とのバランスが重要だという理由だ。
トレーニングの後、ジャックが軽装甲車を運転し、車両基地にアリスとエリオットを送って行き、引き続き客車、貨物車の予備を作ってくれている。
乗客が増えれば、車両編成を増やす事もあるからだ。
宰相から伝言鳥が来て、急ぎ執務棟で面談となった。
「カール殿、いつも急ぎで申し訳ない。今回は王国からの委託契約の依頼なのだ。」
「いえ、お気遣いなく。契約書を拝見させて頂いてよろしいでしょうか?」
「これだ。早い話、シンシアの所、つまり情報部には手も足も無い。そこで手足として依頼事項ごとに、調査及び処理の委託をお願いしたいのだ。報酬は依頼金+成功報酬。これは、その契約書だ。」
「そして、こちらが今回の依頼書だ。」
契約書は確かに委託契約。
シンシアの情報部が扱う案件を受けられるのは私しかいないだろう。
そしてこれが私達でできる唯一のサポートだ。
今回の依頼書に書かれた情報とは、
・鉱山町イワノフの炭鉱で、度々不審者が発見されている。
・坑道周辺の山林、及び、周辺の村での目撃情報は無い。
最近の変わった事
・坑道内で岩盤が一部崩落。現在通れない所がある。
依頼内容
・崩落現場の状況把握と現場の支援活動
・矛盾した情報の真偽の判断
人が越えられない山の中腹にある鉱山内で、不審者を発見したとして、周辺で目撃されていないとすれば、山の反対側、ノロ共和国から穴を掘って出て来た事になる。
いくら何でもそれは…だが、無いとは言えない。
「分かりました。準備して直ちに現地に行ってきます。連絡はどうしましょう?」
「緊急の連絡は、守備隊の幹部を使ってくれ。悪い知らせなら、現地から手紙で報告書を出してくれれば良い。良い知らせなら、戻ってからで良いだろうし、ついでに鉱石でも探して来ても良いだろう。」
「参謀部所属時と同じで、経費は別途請求で良い。では頼んだぞ。」
「はい。では失礼致します。」
次の日の朝、軽装甲車に3人トリオで出発だ。
後部に寝袋が3つ並べる事ができるし、何とでもなるだろう。
もしかすると、男神が『人を助けていれば可能になるだろう』と言った案件なのだろうか…。
鉱山町イワノフは、鉄道が開通したフェドラ町の反対側、真南に位置する国境の町だ。
おおよそ、馬車で行きは7日だが、帰りは6日になっている。
つまり、イワノフ近郊からゆっくりと登り坂になる。
鉄道建設計画では、王都からイワノフは貨物がほぼ空きの状態で、イワノフで産出した資源を満載して、湖の町バルナに下っていくつもりなのだ。
馬車が通るのは、旧王都ショコラへの道を、途中から南へ分岐するルート。
王都から湖の町バルナへ行く南ルートだと、途中で西に行く道はなく、湖の町バルナへ行く事になる。
湖と呼ばれているが、本当は海だった場所。
同じく海辺だった場所が、バルナの西に位置するオルゲイという村だ。
この廃村跡のすぐ西からイワノフ山脈と呼ばれる人の越えられない山が続き、その麓が炭鉱町イワノフなのだ。
オルゲイの漁民は当初、バルナで漁をしていたが、山から流れて来る水が湖の塩分濃度を変化させたのか、魚が取れなくなり、バルナの漁民と共に、西の外洋に接する地域に行ってしまった。
と言うのが、今も残る言い伝えだ。
何でも『朝起きたら地形が変わっていた。』とは、大胆な事をする。
男神だろうか…。
男神
「(いや違う。あの時は地上を照らさず72時間掛けて、ゆっくり、こっそりと作業をしたのだ。)」
(モニタリングしてたんですか?)
「(偶然だよ、偶然。ついに岩山に向かう時が来たか、と思って再びヒントを与えに来たのだ。気にいらんと言うなら私は帰るぞ。)」
(いいえ、とんでもございません。恐れ多い事です。)
「(坑道内に助けてもらいたい物がある、クリスタル容器に入った、いわば魂のようなものだ。決して他言してはならぬ。以上だ。またな。)」
(あっ、頭の中から気配が消えた…言いたい事だけ言って…)
とにかく、旧王都ショコラへのルートは交通量も多く、追い越しも出来ずにノロノロ運転になるだろうと考え、南ルートを走っている。
湖の町バルナまで350kmほど、馬車で4日。
平坦で交通量もほとんど無い。
だが、湖の町バルナからオルゲイ経由で炭鉱町イワノフまで550kmほどの距離だと推定しているのだが、このバルナ~イワノフ間の馬車は、正月期間の帰省でもない限り、一杯にはならないそうだ。
湖の町バルナは高級リゾート地だが、男は鉱山に出稼ぎに出ている者が多いそうだ。
自分達が食べるのに精一杯の漁業では未来がない。
貴族たちの接客が出来る女性なら、高級宿でも引っ張りだこだ。
継承権の無い低位貴族の子息でも接客業には付かないからだ。
ナンシーさんや娘のエリカさんなら、火魔法、水魔法を使えるから、魔術師団にいるより給料は各段にいいだろう。
朝8時に屋敷を出て4時間。
運転をしていても揺れを受けて、食欲はない。
お茶タイムということで、紅茶代わりに自律神経に効果のある漢方薬を飲んで30分休憩。
エリオットに運転を交代する。
1時に出発して到着は6時。
距離はしっかり400kmあるようだ。
馬車でもスムーズに走れ、速度が出るのかも知れない。
距離が短く感じるのだろう。
実際と人間の感覚とは大きく異なるものだ。
冒険者用の宿もあるのだが、南方方面軍の官舎へ行く。
北方方面軍と同じ3階建ての建物だが、この建築様式では入口は短辺側に2か所にある。
官舎手前にある厩舎の横に軽装甲車を停車して、3人で入口へ向かう。
軽装甲車のドアには七曜の紋が白色で描いてあるし、我々が着用している無地の戦闘服にも、部隊章として七曜の紋が入っている。
だが身分証は『情報部ゲスト』となっていて、下請け業者でも、武器商人としても使える呼称だ。
入口の警備兵は、私達が身分証を見せていないにも関わらず、『ザッ』という摩擦音を立てて敬礼をした。身分証を見せて、
「責任者の方に面会をお願いしたい。」
警備兵
「承知しました。ご案内いたします。」
そう言って、3階応接室に案内された。
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