第59話 屋敷への帰還
あれから2週間。
軽装甲指揮貨物車と言うべき車が、完成した。
本来は北の開拓のため、ここに置いていくつもりだったのだが、自家用車にした。
九七式狙撃眼鏡も2個出来てアリスとエリオットの銃に取り付け、調整済みだ。
既に壊滅したブレストの町跡へ侵攻し、この地を囲むように砦の建設が始まっている。
今まで切ってきた丸太が、ようやく役に立つ時が来たのだ。
木の根を砕いて乾燥させた暖房用燃料の蓄積も順調で、ローガン中隊長率いる砦の遠距離攻撃部隊が守備隊に就いている。
宰相からは何の連絡もないが、それはどうでもいい。
私から手紙を出せば良いのだから。
王太子にはパーティーメンバーも出来て、5人全員が1士に昇任できたようだ。
尚、偵察隊員はいない。
まー王都ではいいだろう。
連携相手がいないだろうから不要かも。
あとは鉄道の列車だけだが、これは別会社を設立して…とも考えている。
そろそろ王都の屋敷に帰ろう。
参謀本部に行き、シンシアに辞表を提出して、宰相に送ってくれるように頼んだ。
「お辞めになるのですか?」
「当たり前じゃないか。僕はこの国を支えていく立場、つまり、貴族じゃない。自分の出した方針に従って目的を達成していく。仕事だからだ。既に壊滅したブレストの町跡へ砦も建設中だし、訓練施設も作った。」
「以上は参謀部の中佐としての仕事だ。音響閃光弾100個を作って納品したし、38式改造自動小銃も8部隊分作って納品した。これらは武器屋としての仕事だ。だから代金は武器屋へ支払うように書類にもサインをしている。」
「これだけの物を開発して、中佐の給料じゃ割が合わないけど、これはこの国以外には売りませんっていう、担保みたいな物だろう?本当の中佐としての待遇をもらった事はない。それが証拠に、兵はふたりには敬礼をするが、僕は敬礼なんてされた事は無いし、君達も兵に注意した事はない。」
「つまり君達も私の事を中佐として扱った事は無いという事さ。君達が恐れ、敬うのは、私の背後にいる女神さまなんだ。言っただろう?行動は、その人の考え方、価値観が決めるのさ。君たちは国王に敬礼せずにはいられないけど、僕には敬礼する訳にはいかない。」
「マーガレットも元気で子供を産めよ。」
「ふん。余計なお世話だ。」
「ありがとう。最後までそれでいてくれた方が、私としても未練が残らなくて助かるよ。」
「じゃ。」
シンシア
「カールさん、あの…これからどうすれば…」
「あー心配はいらない。商取引には従来通り応じるから。武器屋に注文を入れて。立場が変わるから、契約してからかな。」
そう言って、軽装甲車の運転席に私、助手席にアリス、後部席にエリオットとジャックが乗って、ターニャを迎えにいく。
途中で気が変わり、冒険者ギルドに寄る。
私がギルドマスターと話をしている間に、ジャックにターニャを迎えに行ってもらう。
アリスとエリオットは食事コーナーで待ってもらう事にした。
「待ってる間にギルドカードを作ってきてもいい?」
「ああ そうだね。これからはカード払いの時代だからね。」
「学園の学生証でも、払えるらしいよ。」
「そうかー でも学園が潰れるとカードのお金が心配だね。」
そう言うと、エリオットもギルドカードの申請に行った。
私は通路で待ってくれていたトレーシーさんの所へ走っていった。
3階の応接室で、借りた屋敷を出る事になったと言い、護衛契約を終える事を告げた。
そして、馬車を王都の屋敷まで運ぶ仕事の依頼と、国の研究所もやめる事を告げた。
タイガーさんは、『なぜ?』と驚いた顔をしていた。
私のような人材を解雇するはずがないからだ。
「貴族って、都合が悪くなると噛みついて来ますから…」
そう言うと、納得したようだ。
「マーガレット嬢か…彼女は色々な所で衝突事故を起こす暴れ馬みたいな者だ。注意を払っていても曲がり角で『ドーン』と来る。避けようがない。」
「冒険者ギルドも国との関係で苦労するんでしょう?」
「独立を保証されている国際機関だと言っても、当然圧力はあるからね。特に各ギルドは単体で運営されているからね。」
どうやら前世のヤクルトみたいな組織運営で、工場や研究所は共有だが、経営は各地の会社が独立経営をしていて、本部が支配しているわけじゃないみたいだ。
「で、王都までどうやって帰るおつもりですか?」
「新しい車を開発したので、その試験を兼ねて…」
伝言鳥が飛んで来た。
肩で『ターニャが来たよ』と伝えてくれる。
「じゃ、これで失礼します。お元気で。」
「君も元気で。」
ターニャが食べ物を用意していたようだ。
馬車で5日だった行程だが、都市間の移動が早くなるだろうと思う。
さて、ゆっくりと走っていくが、小さな地方都市なので、あっという間に郊外に出てしまう。
既に季節は夏。7月になろうとしていた。
鉄板で出来ている閉鎖空間は暑い。
路肩に止めて、窓の仕切りを変更し、三角窓を作り出す。
しかし、サイドミラーが邪魔をする。
サイドミラーは廃止だ。練り練りして素材に戻す。
後部の扉が開いた。『暑い!』。
ターニャが来たので一緒に後部に行ったアリスだ。
車を止めると、風も入らず余計に暑い。
そこで前席と後部の境界の鉄板を撤去して、ワンボックス仕様に変更だ。
これで、運転中でも人の移動が可能になるし、風も流れるだろう。
車も使ってみないと分からない事だらけだ。
ふと思ったが、この車ヘッドライトが無いのだった。
でも、街灯もガードレールも、センターラインも何も無い道を、陽が暮れてから走るのは、凶器が暴走しているような物だろう。
馬車と同じく夜間走行は禁止だ。
どうもこの『馬車で5日』という距離は、400㎞~500㎞くらいだろうと思う。
フェドラ町を午前中に出て、歩いているような速さの馬車を時々追い越しながら、1泊して、次の日の夕刻に王都に到着していた。
何だか私が思っていた規模の機関車みたいな物はいらないみたいだ。
もう少し小型の電車くらいの大きさでいいような気がする。
屋敷に到着し、みんなを降ろし、ジャックと一緒にダグザお爺さんを迎えにいく。
あの店舗は私が研究所に入る事が条件で、無料で貸してもらったものだからだ。
ダグザお爺さんは、私が公爵家に逆らった事の報復を恐れているようだった。
当面、武器屋はこの屋敷の一角を使えばいいだろう。
問題は将来構想だ。
セバス、レナ、ジャック、アリス、エリオット、そして私の6人で2階に集合し、今後の事を話し合う事にした。
「いままで4人組として方針を決めていたけど、今後はアリスとエリオットにも参加してもらう事にした。それと軍の組織から正式に脱退する事にした。」
「経緯を説明すると、元々、4人組として私の心は北のラングリッジ一族にあると思っていた。方面軍にアリスとエリオットが来て、マーガレットに紹介した時に、それは起こったんだ。」
「マーガレットがアリスを見た目で異国人と言い、エリオットを妾候補と言った時、僕の心の中に今まで経験した事がない怒りの感情が湧いて来たんだ。」
「マーガレットがどうこうという話じゃない。僕の仲間、僕の家族はここに居る6人だという事に気が付いたんだ。だから、これからの事は、必ず6人で決めていこう。いいね。」
「了解!」
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