第57話 軍組織との別れ
「彼女はアリス。あの屋敷の元の所有者の関係者です。彼はエリオット。僕の親戚にあたる者で、エリオットは王立学園に通う同級生だ。屋敷で預かっている。」
「私は参謀部の責任者でマーガレット・カルバンだ。よろしく。」
「私は情報部の責任者でシンシア・カルバンです。よろしく。」
マーガレット
「アリスさんは異国の人のようだな。とても綺麗なお嬢さんだが、カール君の好みは、むしろエリオット君のような気がする。」
「……僕はね、マーガレット。いままでこれほど感情が沸き上がってきた事はないよ。僕の大切な2人の友人。このふたりは、この国の訳の分からない姫から僕を守るために、北の国から来てくれたんだ。」
「もちろん僕の事はどう言われてもいい。所詮、移民の子だからね。でも彼らの事をそんなふうに侮辱するなんて…。」
「カール君、ちょっと待って。お姉さんはいつもの軽い乗りで…」
私は手で、シンシアの言葉を制して続けた。
「分かる。君の言いたい事は分かるよ。でも、僕もこんな感情は初めてなんだ。そもそも僕の事を真剣に考えてくれる人は、お爺さんが初めてだった。でもやっぱりそれは、お爺さんだからね。当然かも知れない。」
「でも、このふたりは違うんだ。僕の家族じゃないのに、僕の事を真剣に考えてくれる。」
「最初はわがまま姫のせいで、楽しみだった学園生活が…って思ってたんだけど、逆に信頼できる友人ができちゃったって訳さ。僕はこのふたりを大切にしたい。」
「すまん。私が悪かった。冗談でも言い過ぎたよ。」
「マーガレット。違うんだ。最後まで聞いて。」
「君達は宰相の娘で、この国で最も信用できる貴族だ。だけどね、そんな君達でさえ、異国の人間は優しさの対象外なのさ。そして、男が男を妾にしても違和感を持たない価値観。そこに気が付いたんだよ僕は。」
「子供は親の影響を受ける。学園の教育の影響もね。そして君達は最も立派な父を持ち、立派な成績で学園を卒業した礼儀を知る公爵家の人だ。そんな君達がした失言?違うよそれは。君達の価値観の奥底に、それはきっと確かにあるのさ。」
「今、僕のために、僕の友人のためにその考えに封印をしても、きっと僕たちと喧嘩でもしたら、きっと心の底から、再びその考えは浮かんでくるよ。」
「僕はもう2度と貴族とは関わらない。もちろん約束した事は守るよ。この国の庶民のために、彼らの生活のために。でも君達の価値観を共有する事はできない。もう2度と王太子とは関わらない。君達とも今日限りで友人とは思わない。」
そう言って、参謀部を出た。
仕事はするけど、もう心は無い。
「それじゃー改めて行動開始だ。装甲車を改造しよう。」
「本当に地位も名誉もいらないの?私とエリオットだけいればいいの?」
「アリス、それ全部同じ基準で並べちゃうの?違うと思うけど…」
「まー女性にとって、全部同じなんだろうな。」
そんな事を言いながら、まず、ハンドルの効き具合を変えたい。
今のハンドルは回した角度がそのままタイヤの角度になってしまう。
つまりハンドルを45°回すと、タイヤも45°傾くので、急ハンドルになってしまう。
これじゃー自転車と同じだ。
(元々は自転車のハンドルだったんだけど…)
そこで、ギヤ比を噛ませて3分の1程度にしたい。
ちょうどいいので、ハンドル位置を右に寄せて、運転席は2人乗りにしよう。
後部ドアに表裏貫通タイプのノブを付けて、後面の扉の一部にガラスをはめる。
運転席にルームミラーを設置して、角度を調整する。
ドアミラーも付ける。
ワイパーもいるじゃないか…動力が無い。
とりあえずフロントガラスは2面に変更だ。
2人乗りだからね。
ワイパーは動かないけど、形だけ付けておこう。あとはアリスに任せて。
荷台には車輪の付いたキャリーを2つ作っておいておく。
動かないようにロック機構を付ける。
----- マーガレット視点 -----
その頃、参謀部の事務室では、姉妹それぞれに悩んでいた。
マーガレットは自身で分かっていた事だった。
カール君を王都で初めて見た時、それは違和感しかなかった。
柔らかい手をした子供。
名人と言われた男が『人では作れぬ』と断言した剣を、こんな子供が作ったと。
何の威厳もなく、特に霊的な雰囲気もなく、努力を積み重ねた事実もない。
だが、ダンジョンで得た伝説の剣、その2本の剣を新刀と古刀と呼び、更に新刀のひび割れを見抜いた。
国王は珍しいものが好きだ。
だが、それは時に正しくない行いを賞賛する場合もある。
私達は伝統を守る事で秩序を守る。
それが貴族だと言われて育ってきた。
ただ、私は『男だったら』と言われ続け、いつしかその罪を償うように振舞って、いつしか婚約者さえできない理不尽に見舞われていた。
一方、この男の子は何の努力もなく女神の加護を3つも得て、『人では作れぬ』と言われる武器を作り、国王の支持を得たのだった。
そして何故か私がこの子の護衛を命じられる。
それはまるでひび割れした新刀の私と、人では作れぬ剣の彼なのか。
そんな子供の彼に惹かれる自分。
格では釣り合っても、年齢的には決して結ばれない関係。
理性で理解しているのに、消えない気持ち。
そんな時に知り合ったのがローガンだ。
私の命の恩人でもあり、初めて私に積極的に言い寄って来た剣の名人。
腕も立つ、野暮ったいが誠実で何よりも私を大事にしてくれている。
なのに、カール君が来て落ち着いていた気持ちが動き出す。
本当にこれで良かったのか?などと今更に…。
そして今日、可愛い女の子と可愛い男の子を連れて来て…そのイライラを言葉の棘で、彼を刺したのだ。
最初はシンシアの言った通り、ただの嫉妬心だった。
だが、カール君の指摘は私自身を驚かせた。
心の底をかき混ぜ、出て来た醜い物。
確かに彼を『移民の子』と思っている。
事実だから。
そして『男の妾』。
この世界は地位があればなんだってできる世界なのだ。
他国の美女。
それも相場は悪女と決まっている。
私は知っている。
あの白い肌の子は帝国の失われた一族、魔女のものだ。
雪のように白い肌と、雪のように冷たい心。
その一族は帝国でフリアノン女神と戦った実在の魔女の末裔に違いない。今は子供だけど…。
やっぱり、カール君はあの魔女の末裔に騙されているに違いない…お父様に通報して、捕まえないと大変な事になりそうな気がする…証拠はないけど…どうしよう。
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