第56話 軽装甲指揮輸送車
近接戦闘でリーダーから選ばれずに予備隊になった者、或いは自ら近接戦闘に不向きだと考えた者達には、砦守備隊として38式歩兵銃を使った射撃訓練を開始した。
とりあえず持参した3挺の歩兵銃で一人30発。50m、100m、150m、200m、250m、300mの各5発の成績を記録する。
最終的には有効射程距離480mで標的に当てられるようにするのだ。
短期間では完成できないが、訓練する以外には道は無い。
方面軍の組織変更として、遠距離で砦の守備を任務とする砦守備隊と、遊撃任務に対応できる近接戦闘部隊に編制するためだ。
国軍は剣から銃の部隊に近代化するのだ。
特に熱心に訓練に取り組んでいる者たち、既に15名が守備隊に決まっていた。
予備隊も含めて600mの距離でも標的に当てられる者が30名は欲しいところだ。
近接戦闘演習も、私達が迷路を出てしばらくして訓練は続行された。
より一層、熱意のこもった演習になったようだ。
『背番号を目指せ』を合言葉に。
そしてこの日の午後から護衛の4人に無地の戦闘服(ゲスト用)と無地の装備(予備兵用)を与えて護衛達が参加した。
訓練を開始してから1週間。
すでに4部隊がメンバーの入れ替えなどを経験しながら、訓練に合格した。
私はこの4部隊に、2小隊が1つとなって森へ魔物狩りに出る事を認めた。
但し、撤退予定時刻の届け出と、戦闘に入る前と結果を必ず本部偵察隊に報告するようにと指示している。
そんな彼らが多少緊張しているのは、本部長が来たからだろう。
だが以前とは少し違う。
自分が優秀じゃないと知っているからだ。
王太子が同行して来たメンバーは、叔父の侯爵と学園の同期生一人だ。
パーティーメンバーは3名。
来た早々、迷路訓練場を見て、慣れるまで見ていた。
特に侯爵は槍使い。
そんな物は狭い通路での近接戦闘じゃ使えない。
当然、全員が予備兵に近接戦闘に勝つ事が訓練の第1歩だ。
真っ先に王太子が抜け出したので1士に認定。
すると沸騰したのか顔が赤い侯爵殿。
「早く予備兵に勝たないと迷路に入れませんよ。」
と挑発しておいた。
だが侯爵はすでに諦めの境地に入ったようで、マーガレット少佐に頼み息子に伝言鳥を飛ばした。
甥のパーティーメンバーを探してほしいと言ったそうだ。
そして6月に入ったころ、朝、いつものようにジャックと護衛4人で、方面軍へ行こうと歩いていると、伝言鳥が私の肩にとまり、『後ろを見て』と言ったので、振り向くとそこには装甲車が停まっていた。
フロントガラスは中央と左右の3枚に分かれているが、中央でアリスが笑顔で手を振っていた。
連絡が付かなかったアリスがエリオットと共に、軽装甲指揮輸送車を完成させ、その装甲車でやって来たのだ。
右側のドアを開けてアリスが降りてきた。
私の胸に飛び込んでくる…。
でも、軽い。
「カール様!寂しかったんですからね。本当に寂しかったんですからね。」
思わず本気で抱きしめた。
あ~。柔らかくて好きだ。
「本当に好きだ。アリス!」
「うふふ。カール様も寂しかったんですね。」
私の目にエリオットが映る。
「エリオット!ありがとう。ふたりが来てくれてうれしいよ。」
どうしよう。
後ろの席は人間ならちょうど6人乗れるんだよね。
護衛4人を後ろに誘って、後部ドアから中を見せる。
座席は窓側にある取手を引き下げれば、折り畳みシートが降りてくるが4輪なので中央の席だけ下がタイヤハウスだ。
「これに乗ってもらってもいい?」
イザベラが頷いて乗りこんでいく。
むしろ体験したいという事のようだ。
金属フレームのタイヤにシリコーンゴムを厚めに付けているだけで、タイヤに空気は入っていないが、シートにはクッションがある。
運転席に私が座り、左側にアリス、右側にエリオットが座る。
ハンドルをまたいで、右足側にアクセルペダル。
左足側にフットブレーキがある。
ハンドルシフトにレバーが有って、これがクラッチだろう。
3段変速でニュートラルが最上、下に1速、2速、3速となる。
シフトレバーを握り込まなくても1速に持って行けるが、当然クラッチが切れていないのでギアは入らない。
操作系は複雑ではあるが、私の記憶でも違和感が少ない。
ニュートラルの位置から手前に引き、入ればバックだが、ハザード音が出ない。
(バックは音が必要だな)
直接防壁の扉前に車を進めて、門番に顔を出して開けるように指示をする。
閂を上げて、門が開かれる。
ここより横にある人間用の扉しか最近は使っていない。
一旦後退しないと、扉が当たりそうなので、後退するが後ろが見えない。
(これも何とか…できるかな?)
ゆっくりと前進して門を通り過ぎ、参謀本部の横に停車した。
乗り心地も悪くない。
とりあえず、車の後部へ行くと、中から出て来ないので、外からドアを開ける。
あっ、ドアの内側に取手が無いのだった。
「乗り心地はどうでしたか?」
「馬車より乗り心地がいいと思います。」
装甲車を降りたイザベラたちは、訓練の順番待ちに名前を書きに行った。
車はまだまだ改良の余地がある。
後部空間は、魔獣や中型獣など大型の荷物と、重量物の搬入、搬出のしやすさの確認が必要だろう。
とりあえず、参謀部に行き、屋敷から持って来てもらった38式歩兵銃30挺を納品し、アリスとエリオットを紹介した。
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