第53話 訓練迷路
翌日は、朝ジャックとターニャと3人、2階で硬いパンとスープで朝食を済ませて、1階に降りると、護衛たちなりの朝食を食堂で食べていたようだ。
出て来て挨拶をするが全員が出て来なくても良いからと言った。
朝の時間が遅いのと、あの丁寧さは庶民ではない証拠だ。
なぜかターニャの顔が少し赤いし、もじもじしているのは何だろう。
ジャックに
「ターニャのようすが少し変だけど、何かあったのかな?」
「あー、おとといの夜、マリリンの声が夜中まで響いてて、正直、あの夜はまともに眠れなかったんですぜ。」
「ああ、そうか…。それはすまない事をしたな。でも、それっておとといだろ?」
「いや、それで夕べあっしと出来ちまって…。」
「ははは。それはおめでとう、ジャック。」
「怒らないんですかい?」
「ジャックとターニャの人生だろ。合意なら私が意見する筋合いは無いよ。」
「あっしなんかで、いいんすかね?」
私は人差し指でジャックの胸筋に触れながら
「僕もこんな男になりたいなー。」
と言ってみた。
ジャックはビクッとしながら後ずさりして、
「カール様は顔が美少女だけに、余計に気持ち悪いっす。」
などと悪口で返してきた。
朝から北方方面軍の守備する防壁を越え、参謀本部でマーガレット少佐とシンシア少佐と一緒にお茶の時間になっている。
今日は、ジャックが昨日森を探索した結果について、皆で話しを聞いていた。
ジャックは2階中央の『北の森マップ』の正確度を確かめていたようで、魔法鳥のように上空からではつかみにくい情報を得ていた。
特に森林の中では鳥を飛ばしにくく、どうしても高度を上げてしまう。
そのため洞窟のような巣は見つけにくい。
以降も、範囲を広げて出来れば壊滅したブレストの町跡を発見してほしい。
そしてブレストに砦を建設して、ダンジョンを探し、コアを破壊しなければ、いつか再び、あの悪夢のスタンピードが発生してしまうからだ。
昨日に引き続き、森の開拓。木を切り倒し、ゴーレムに切り株を持ち上げさせ、根を切って取り除く作業が続く。
午前中で学校の校庭ほどの広さが確保できたが、穴がぼこぼこ空いている。
その原因となった切り株をゴーレムに手斧を与えて、適当に砕いてもらっている。
ゴーレムは切った木の枝を払ったあとの丸太運びや、切り株の破砕など単純な労働にしか適さない。
それでも防壁の周囲に切った丸太が、防壁を囲むように積み上がっている。
砦の建設に必要なのだ。
次に切り株を手斧で破砕していくのも、人がやると手間が掛かるし、そこそこに硬い。
最終的にはもっと細かくして砦の冬場の暖房燃料にしたいのだが、ゴーレムではそこまで細かくできないし、魔法陣でも考えないうちは、破砕機などは作れない…。
さて、地面にぼこぼこ穴があいた広場に、土魔法で壁を立てる。
3mの高さでいいだろう。
学校の校庭の大きさの迷路を作るのだ。
迷路の中央には小屋を2つ。
この小屋にも屋根はない。
今日も3時過ぎに作業を終わり、見張り台から巨大迷路を上から眺める。
クラウディア士長とカトリン士長の2人に、自分が作った望遠鏡を持って来させて、迷路を見せる。
私とジャック。
マーガレットとシンシアが、それぞれペアーになり、東側の入口と西側の入口に分かれて、迷路に入っていく。
目指すは中央空間にある2軒の小屋に捕らえられた人質の救出だ。
もちろん、今は迷路にだれもいないが、いるものとして行動する。
曲がり角で、しゃがんで下から覗く。
ちらっと一瞬だけ覗く。
さっと通り過ぎながら覗く。
色々な行動パターンがあるだろう。
両端から侵入した2組の者たちを上から見る士長2人。
『ブン』剣が思い切り風切り音を立てている。
マーガレットめ!脳筋には向いていない訓練だ。
そんなこんなで、救出作戦ゴッコは終わった。
参謀本部に戻り、士長2人も混ぜて応接セットで話をする。
ここだと少佐2人は自分の事務机で参加できるからだ。
「士長、望遠鏡の意味がわかったか?空を眺める目的じゃない。例えば、今回のように2組のパーティーが人質救出のために、小屋に接近している。それを2人は見張り台から見ていた。敵を発見したら、その位置を連絡してあげればいい。」
「つまり望遠鏡は、倍率が大きければいいって事じゃない。敵の顔をアップで見たい訳じゃない。出来れば片目で望遠鏡、もう片方の目で裸眼で全景を見る事だってある。そう考えて、もう一度望遠鏡の改良を考えてくれ。兜に取り付けられる、なんていうのもいいかも。」
「そこまで小さくはできないでしょう。」
「今はそうだね。でもどんなに僅かな事でもいい。常に改良を考えてね。もしかしたら、人の命が救えるかもしれないんだ。」
「そうですね。わかりました。」
2人はどんどん大きな望遠鏡へと発展させていたが、宇宙はまだ早過ぎる。
目の前のお役立ち、実用性を考えてほしいのだ。
「見張り台が迷路の東側にあるので、中央に欲しいですね。」
「あー確かにそうだね。見張り台も一つじゃ不安だし、西側にも作ろう。」
「ありがとうございます。」
「いやいや、そう言うのを改善提案って言うんだ。とてもいい事だから、カトリンと二人で作ってみなさい。」
『あっ!しまった。』という顔をしているが、みんな一度は経験している事だ。
乗り越えなさい。
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