第50話 マーガレットの結婚
「危ない!」
そう言って、ターニャを自分の後ろにかばい剣を抜くと、すぐに、斬りかかって来た。
「このやろう」
酔っぱらったふりをして切ろうとしたのだろう、と思うが、自分の感情と関係なく、反射的に守りの戦闘術は働いて、相手の剣ごと手首を切り落としていた。
「ぎゃー」
一方、残りの二人が一斉にジャックに切りかかっていた。
しかし、そちらも一人は蹴り飛ばされ、もう一人はのどを切られていた。
素早く、切った相手から離れて、蹴り飛ばした男の背後から腕をねじり上げ、右手は男の首に巻きついていた。
「何者だ」
暴れようとする男に、私は諦めて、ジャックに合図を送ると、ジャックは男の首をひねって殺した。
残念ながら、私はバインド系の魔法を持っていない。
「どうしよう。この男」
右手首から先を失った男は痛みでうめいている。
すると、ターニャが走り寄り、男の手首にポーションを掛けて止血し、なぜか腹にパンチを入れている。
「うっ」
「ターニャ、どうしたんだ」
「こうしたら気絶しないかと思って…」
そう言いながら、3発目を入れようとしている所をジャックに止められていた。
この先に冒険者ギルドがあるから、そこへ言いに行ってくるよ。
そう言って早足にギルドに駆け込んだ。
この町の時間が止まっているかのように、カウンターにトレーシーさんがいる。
「暴漢に襲われたんだ、誰か守備隊に連絡をお願いしたい!」
そう言うと、トレーシーさんが目線を私に向けて立ち上がった。
同時に、複数の人が入口の私の方向に走ってくる。
私は再び入口から道路へ出て、指で西方向を差し、
「あっちです!」
そう言って数人の大人たちに来てもらい、現場に守備隊にも駆けつけてもらった。
守備隊から連絡を受けたマーガレット少佐がやって来て、2名の死体と右手首を失った男を連行していく。
守備隊に文句を言われないか?と聞けば、王国軍の幹部襲撃事件だぞ?当然、軍に捜査権がある、と言う。
「そりゃそうだな。ところで、ご結婚おめでとうございます。」
「ありがとう。そう言えば、私の屋敷を借りてくれたそうだな。鍵はこれだ。案内しようか?」
「えっ、あの屋敷マーガレットの所有なのか?」
「ああ。結婚が決まった時に空き家を買ったのだ。もう王都へ戻る事は無いだろうからな。だがローガンが、いや、夫が屋敷は大き過ぎると言うのだ。彼の給料の範囲内でやって行きたいそうだ。」
「なるほど。」
「男はみんなそういうものなのか?」
「あー、確かにそういう気持ちもある。甲斐性と言ってね。自分が家族を支えている。そんな実感が欲しいのさ。誠実だって事さ。ところで、あの屋敷に家具類はある?」
「ああ。住むつもりだったからな。何でも使ってくれ。帰る時には、汚れたシーツ類などは、捨てていってくれ。面倒だからな。」
「分かった。屋敷がすぐ使えるなら、明日から出勤できるから、じゃ明日」
そう言って、私達は再び屋敷に向かう。
大きな門扉を開けて、屋敷内を確認してから、ジャックは預けた馬車を取りにいき、ターニャは夕食のためのお皿などを洗いだした。
貴族の屋敷といっても、時代の流行はあるようだが基本は変わらない。
作る側の設計力と材木の制約もあるのだろう。
王都の屋敷は、一定規模の招待客を想定した宴会場と、それに付属した施設があった。
入口にはエントランス・ホールというべき空間があった。
だが、この屋敷はせいぜい3家族程度の招待客しか想定はしていないようだ。
地方という事もあるだろう。
マーガレットにすれば、王都の公爵邸は屋敷だが、ここは家に分類されたのだ。
「一応今夜の食事は外で食べよう。ついでに明日の朝食用にパンを買って帰ろう」
「はい。わかりました。」
マーガレットと同じで、私も済む場所の格式など全く気にしない。
むしろ使い勝手、機能を重視している。
1階は主に使用人の空間だな。
ホテルのフロントのような施設。
食堂。大きなクローゼットにロッカー室。
シャワールーム。小さな部屋が5室。
どうもホテル業でも経営していたかのような作りだ。
2階に上がると、小さめの応接室。
小さめの宴会場?隣が控室風だ。
小さな厨房室。後は全て客室だ。
3階に主寝室。中に浴室がある。
他は空室。
書斎にできそうな部屋もある。
3人とも2階でいいだろう。
2階までは使った感じがしない。
全て新品の匂いだ。
3階の主寝室は何やら使った気配がしたが…。
聖域としておこう。
浴室だけは使わせてもらおう。
バスタブが一人用ではなく大きかったからなー。
ジャックが馬車に積んであったスーツケースを両手に戻ってきた。
ターニャが慌てて自分のスーツケースを受け取ったのを見て、2階の客室を使うと宣言した。
但し、浴室は3階の主寝室にあるものを使うと説明した。
ターニャが、『カール様は主寝室を使うべきです』と言ったのだが、私は『主寝室のベッドはマーガレットが使った気配を感じる』。
下着などの忘れ物がないかターニャに確認をお願いした。
ジャックが、『はは~ん』という顔をしたので、
「マーガレットは公爵家の令嬢だ。そんな事でもなければ、電撃的な結婚などしないだろう。下手をすると、もうお腹に宿しているかも知れない。そうなら、彼女は半年以内に、この屋敷に引越してくる事になる。」
「できれば我々も早く帰りたい。」
そういうと、ふたりとも『了解』と言った。
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