第46話 達人登場
思いもよらず、多くの方に読んで頂き、感謝しています。
どうか皆様の暇つぶしになりますように…。
3日目、更に前進し、偵察で右翼前方1㎞地点に中型獣多数を発見したのだが、マーガレット少佐の魔法鳥で左翼前方2㎞先にも大型獣の単体を発見し、一旦引くべきところを隊長(王太子)指揮で右翼へ方面軍15名、魔術師8名で中型獣を討伐し、左翼へは少佐指揮にて方面軍5名魔術師2名で大型獣を警戒、牽制する事となった。
だが、隊長の王太子が出過ぎて、距離400m地点で中型獣多数に気づかれ、魔獣の進路は隊長へと向いてしまった。
これに対し方面軍隊員は600m地点から突撃を開始し、相当数を討伐できたのだが、結果的に隊長は左翼方向に逃げる結果となった。
右翼方向からの戦闘音で大型獣が右翼方向に誘導され、1.5㎞付近から大型獣を追いかける事になったマーガレット少佐であったが、大型獣まで600mの地点で右翼方向から逃げてくる隊長を発見し、大声を上げて大型獣の注意をマーガレット少佐自身に引き付ける事に成功。
大型獣の足が思ったよりも早く、あっという間にマーガレット少佐と大型獣は戦闘体勢に入ってしまった。方面軍5名と魔術師2名が追いかけて来ていたが、その距離はまだ100m。
逃げていた王太子は既に息を切らしていて、応戦の気構えさえ無かった。
マーガレット少佐は本来魔術師なのだが、剣の腕も中級以上の実力者であった。
王立学園の訓練の甲斐があって、方面軍5名の牽制と魔術師2名の魔術支援を受け、大型獣の腕を切断し、留めに分厚い胸板に剣を突き立てていた。
だが、安心したところで、更にもう1頭大型獣が左側面から不意に襲ってきた。
鋼鉄剣を大型獣の胸から引き抜く暇が無く、短剣で爪の攻撃を受け流すも、左右の素早い攻撃で2撃目の左の爪が、鎧をひしゃげながらマーガレット少佐を数メートル飛ばしてしまった。
右側の肋骨が折れたに違いない。
そんな感覚を冷静に持ったマーガレット少佐が次の瞬間に見た物は、左手を振り上げた大型獣の頭部が飛んでいく、そんなスローモーション画像だった。
瞬間こみ上げて来た血を口から吐いて、地面に倒れたマーガレット少佐を姫抱っこして、走り出した熊男。
この男こそ、剣の達人なのだが、口数は極端に少なく、誰もが達人だとは思っていなかった。
その理由は、気配なく素早く大型獣に接近し、鋼鉄剣であっと言う間に両断して、素早くその場を離れてしまう足の速さだった。
元々、木こりとして暮らしていたのだが、父親が亡くなり北方方面軍に後継者として入隊していた。
地方採用の特例だが、よくある事で、目立つ訳でもない。
木こりとして斧を同じ切り口に叩き込むその技は、『薪割』という加護となって、発現していた。
ローガンというこの男、方面軍で手に入れた鋼鉄剣の切れ味が気に入り、どこまで通じるのかを確かめたくなり、非番の時は防壁を越えて北の森で、木の陰に隠れて中型獣や大型獣にも切り込んでいたらしい。
いつしか、どのあたりに、どんな獣が出やすいかを肌で感じていた事もあり、今夜も来ていたそうだ。
そんな時に見たのがマーガレット少佐であった。
勇敢にも大型獣に対し怯える事なく立ち向かう。
その腕のたくましさは母の腕と同じであった。
体の頑丈さ、『ダ~』と叫びながら向かっていくその声も、彼にはなつかしさを覚えるものだったのだ。
ローガンは後方の連絡拠点を訪れ、腕に女性を抱えながら
「緊急!治療班はいますか?討伐隊の怪我人を発見しました。」
「何!そこへ寝かせてくれ。治療班!誰かいるか!至急中級ポーションを持参せよ!」
「君、悪いが、鎧を脱がせるから手伝ってくれ。」
ローガン「は、はい。」
鎧を脱がせ、中級ポーションを飲ませた髭面の男、ローガン。
マーガレットはこれほどむさ苦しい顔で、これほど優しい笑顔をする男を初めて見た。
カールと対極の男であった。
討伐隊は、無謀な進軍によりボロボロになってしまった。
しかし後方から追いついて来た守備隊の魔獣解体部隊は、それが異常事態の結果とは知らず、任務として荷車に中型獣や大型獣の死体を積み上げ、安全な後方に送り込んで解体する作業を繰り返していた。
隊長である王太子は、ひとり、大型獣から逃げ仰せ、それが自分の足の速さの結果だと理解していた。
また、突然マーガレット少佐が大型獣を仕留める手柄を上げるために、戦闘に加わって来たと思い込んでいた。
人の手柄を見せられるなんてまっぴら御免だとばかりに、その場を離れ、後方基地に戻っていた。
その隊長を探して追いかける隊員達、初めての討伐で中型獣を多数仕留めた事が、彼らを興奮させ、いま、何をなすべきかという思考を奪っていた。
隊長との鬼ごっこが終わり後方基地に戻ってから、初めてマーガレット少佐が隊長を助けるために大型獣と戦闘して肋骨を折る重傷を負った事を知ったのだ。
この日で、討伐隊による魔獣討伐は一定の食肉を得たとして終了する事になった。
後に少佐が率いる魔術師2名が証言した魔法鳥で確認していた内容と、少佐の話、及び、ローガン1士の証言が一致したため、王太子は討伐隊長を解任されてしまった。
マーガレット少佐救出と大型獣討伐の手柄により、ローガンは士長に昇任され、討伐隊の隊長に就任した。
事の真相が公にならぬよう、マーガレット少佐は現地での療養後、隊員の指導などを終了してから王都へ戻るように、との命令書が本部長より発布された。
要は、ほとぼりが冷めてから、王都にこっそり戻るように宰相から言われたのだ。
この間、ローガンとマーガレットの2人の間は急速に接近して、マーガレット少佐は依願退職でもいいと言い、また、宰相は、北方方面軍の魔術師隊の指揮官(小隊長)として、赴任させようと考えていた。
一方、参謀本部に一人残されたシンシアが、『姉が骨折を負う重傷を負った』という情報を得た。
同時に父、宰相からは『姉が現地で療養後に退職を考えている』という情報も得たのだ。
だが情報担当であるが故に、情報だけは次々に入ってくる。
イワノフ町の鉱山から採掘された資源の量、湖の町バルナの漁獲量、南方方面軍の監視活動報告、東方方面軍からの森のようす、王都守備隊からの今月の事件と事故の集計、そして王国騎士団の悪評など。
情報が有っても手も足も無い。
この夜、シンシアは屋敷に帰り、娘として、参謀部情報担当として、宰相である父に相談した。
「もう、どうしていいのか分からないのです。姉上も女として、軍人として、最善の選択をしたのだと思っています。」
「また、カール様も、研究者として既にエンジンという物も開発が終わり、いま、耕運機という畑を耕す機械の開発に全力を注いでいると聞き及んでおります。」
「なのに私は、ただ机に座って、父上に伝言鳥を飛ばす事もできず、姉上に見舞いの言葉も掛けられず、カール様に助けを求める事もできないのです。」
「うわーん」
ついに感情があふれ出して、泣き出してしまったシンシアを見て、宰相でもある父ロベルトはシンシアの元へ行き、抱きしめながら
宰相「すまんシンシア。泣かないでくれ。私が悪かった。お前は小さい頃から聞き分けが良くて、何かあれば、すぐに相談に来るだろうと、つい、油断していた。明日から伝言鳥が使える副官を付けるとしよう。」
宰相「そして、明日、カール君に相談してみよう。王太子の事もあるからな。」
お読み頂き、ありがとうございます。
第1章は120話まで整理が出来ました。AIキャラクターが登場するのは100話あたりからです。
お楽しみに!




