第38話 失神
みんなが自己紹介をしたあと、各自の持ち場に戻っていく。
浮かれてばかりはいられない。
先日、仲間を3人失ったばかりなのだ。
「セバス。注意事項と最低限の訓練計画を話し合って決めてあげて。食事がまだだろうから、それからがいいかも知れないな。よろしくお願いします。」
「わかりました。お任せください。」
ジャックに
「あのアリス像を回収して!」
と言い、自室に戻る。途中、ポケットに像が入り、重くなった所で、ジャックとげんこつを合わせて(『互いに繁栄を!』)と合図したのだった。
この夜は実際にはマリリンは寝室には来なかった。
次の日から学園にも行かず、研究所にも行かず、鋼にクロム、タングステン、モリブデン、バナジウムを添加した高速度鋼を本格的に量産して、基本的な部品であるベアリング作りに入ることにした。
原材料を並べて、練り練りして高速度鋼のインゴットを作ってゆく。
ある程度の数になった所で、ボールに成型する。
大きさは5mmから開始したのだが、とにかく数が必要だ。
まず100個作って、溶解釜で熱して、焼き入れする。
油の中である程度まで温度が下がったら、出して木箱の中に入れる。
鉄球が冷めるまで、昼食にしよう。
食堂に行き中に入るとターニャがいて『軽いメニューを』と言って頼んだ。
昼食プレートなんだとか。
昨夜の硬めの肉がスープに活かされているようだ。
だが、焼き入れ作業で水分補給がしたい。
飲み物を頼むと、薄い果実水が出てきた。
がぶ飲みを我慢して、昼食プレートを頂く。
完全装備で作業をしているが、火傷しないように注意だな。
釜だしと焼き入れ作業は明日からゴーレム魔法を使ってみよう。
魔力の残量は半分程度か。
私の魔力はそれほどチートじゃない。
5mmの鉄球を適当な皿状の薄い鉄板に入れて、目算で隙間が適切になるようにお皿の形状を変化させる。
つまり鉄球から逆算してベアリングの大きさを決めているのだ。
さて、Siケイ素、英語表現のシリコンSiliconは三角錘のような構造の共有結合分子であるそうだ。
この物質は、その含有量でマグマの粘度が変化する物質でもある。
岩石や土壌の主成分として自然界に存在し、地球上で酸素に次いで多く存在する。
通常は酸素との化合物、二酸化ケイ素の形で存在していて、純度を上げて結晶構造を変えると、耐熱温度の高い石英ガラスにもなるし、半導体材料の暗灰色の金属にもなる。
このケイ素(Si)をシロキサン結合(Si-O-Si)の構造体にしてメチル基(-CH3)を結合させた物が、Siliconeシリコーンと呼ばれる天然には存在しない人工樹脂が出来上がる。
この生ゴム状のポリマーに有機物や添加剤を加えると、油状、ゴム状、樹脂状など、目的に応じた物理的形状のものが得られるのだ。
とは言っても、構造体自体が簡単な物ではない。
長い螺旋状になるらしい。
組みひもみたいな物だろうか…頭でどこまでイメージできるのか、逆に様々な構造体をイメージして、魔力結合により、レゴで遊ぶように、楽しんでみよう。
目をつぶって、イメージ遊びをしていたのだが、結果、金属シリコンだったり、粉末だったり。
シロキサン結合(Si-O-Si)の構造体が基本だったのだ。
勝手な空想では、狙いの結果は得られないみたいだ。
気が付けば、ステンドガラスからの色鮮やかな光の中にいた。
「私は死んだのか…」
?「いいえ、生きていますよ。」
と柔らかい声がした。
神官服の端正な顔立ちをした女性だ。
この神官の話しによると、屋敷の化学調合室で倒れていたところを発見され、2日経っても目を覚まさないことから、この王都の教会に預けられたそうだ。
この神官の診断では異常は無かったのだが、一晩様子を見て、今朝見た時には体が大きくなっていて、ズボンなど足首までしか無かったらしい。
急遽、屋敷から付き添っていた『ご家族待機所』のジャックにこの事を知らせ、診察室に寝ているカールを確認、採寸して帰ったらしい。
すぐに着替えを用意して戻ってくるとの事であった。
何も覚えていない私……。
ふと見上げると、ここにもフリアノン様の女神像がある。
パンパンになったズボンのポケットから、純度の高い石英を取り出し、練り練りして厚みの薄いフィアナ女神像を作ったのだが、透明で像の姿が見えない。
そこで珪石から取り除いた不純物を練り練りして、透明な像の表面に付着させ『白いフィアナ女神像』を作った。
一部始終を、間近で見ていた神官は、その端正な顔を引きつらせていたが、
「いま、この世界を安寧にして下さっているのは、このフィアナ女神様です。私の手に、人間の目に見えるように、そのお姿を現されたこの女神像を、神官様に、というお言葉です。」
フィアナ像を『割らないように』と言いながら、神官に手渡した。
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