第36話 望遠鏡
私達は事務所に戻り、応接ソファーでくつろぐ事にした。
「参謀部の鉄道敷設ルートが決まったかどうか、分からないけど、コンクリートによる土台工事は、ある程度高さを確保しておいてほしいんだ。」
鉄道を実際に見た事がないマーガレットには想像はできないだろう。
「地上からどのくらいだ?」
「そうだね。最低でも2mくらい上げておかないと、人が簡単に入ってこられるのは危険だし、動物も同じだね。侵入防止策については、考えてあるから、それはまた後日に。」
「了解した。ただ、鉄道路線の方は、食肉確保の部隊運用が軌道に乗ってからになるだろうね。なにせ王太子が魔物を討伐したくてしかたないみたいだから。」
「人間ってそういう物だよ。新しい武器を持つと必ず使いたくなる。だから、うかつに持たせてはいけないんだ。」
食堂に移動したら、参謀部のメンバーと魔術師部隊の者がいた。マーガレットが追加の説明をしているようだ。食事を終えて、シンシアの入れたお茶を楽しむ時間だ。応接ソファーでお茶を飲みながら、
「魔術師部隊の人達、土魔法に慣れたかな?」
「まあーそこそこ基礎能力の高い連中だからな。」
「参謀部の守備隊6人は、武術訓練をしてるの?」
「彼らは工事期間中、本来の護衛任務と鉄道敷設ルートが正しいかどうかの確認だけだから、今はやる事がないのさ。」
そんな話をしていると、カトリン士長とクラウディア士長がやって来た。
石英を取り出して二人に渡す。
「これは石英という鉱物資源で、主成分はSiO2二酸化ケイ素と呼ばれるごく一般的な物だ。これに魔力を流し、結晶構造を変えると、水晶になる。」
魔力を流して分子構造体の形を変えて水晶体にする。
「更に魔力を流して、このような板状にしたものが、ガラスだ。但し、今市場に出回っているガラスには曇りがあるが、あれはSiO2二酸化ケイ素の純度が低いためだ。」
彼女達にも『やってみろ』と促す。
魔力で変形した所を見ているのでできる筈だ。
魔法はイメージの力だからだ。
「ふたりともガラスに出来たね。では、これをレンズという曲線の形に成型する。」
私は、3つのレンズを作って見せる。
そして今度は、鋼鉄のインゴットを練り練りして、薄い円筒を作って、内側に黒く塗った紙を貼り付ける。
「おなじように、レンズを3つ作って、筒も作ってみて。」
できた所で、片方に1つ。
反対側にレンズを2つ取り付ける。
望遠鏡の出来上がりだ。
対物側のレンズの焦点距離を接眼レンズ側の焦点距離で割ったものが倍率だ。
そこまで説明して、彼女達に研究を依頼した。
実験好きになってくれると嬉しいんだけど。
マーガレットに、参謀部のメンバーを作戦室に集めてもらった。
まず私から
「鉄道敷設ルートが決まったかどうかは知らないが、方面軍の作戦との関係から、コンクリート台座敷設の実施が遅れる見通しとなった。そこで、王都周辺に建設する必要のある駅と鉄道敷設ルートの将来像をここに示す事にする」
「鉄道事業に最も大切な事は事故を起こさない事だ。何しろ大量輸送の手段だから、事故が発生すると、大量の人々が死ぬ事になる。そのため、人の努力に頼る部分を極力減らして、事故が起きない仕組みを考える事が重要だ。」
「そこで、第1ルートであるフェドラ町~王都西駅、旧王都ショコラ、フェドラ町に戻るルートを考えている。建設工事は第1期工事が、フェドラ町と王都間の約400kmだ。人の乗り降りや荷物の積み下ろしといった場所が必要になる。その場所が駅だ。」
「フェドラ町から食糧や人を乗せた鉄道が、王都の駅に到着して、再び、フェドラ町に帰るとすると、鉄道車両は一つしか動かせない。なぜなら、2つ以上動かせば、途中で衝突するからだ。退避線という待合場所を作るという方法もあるが、間違うと事故になる。」
「そこで、王都から旧王都ショコラまで線路を引いて、ショコラ駅を作り、更にフェドラ町までの3点間を、フェドラ町→王都→ショコラ→フェドラ町というルートの一方向でのみ運用すると、少なくとも衝突事故は起きない。」
「しかし、車両をどこで作って、どのように運ぶのか、という問題もある。そこで今日は、車両基地をここで作り、王都南駅まで運ぶルートを示したいと思う。」
そう言って、全員を引き連れて、車両基地の予定地まできた。
「今から車両基地を作り、線路敷設のやり方も示す。」
今度は、地面に手を付いて、4メートル幅で地面を2メートルほど高くした。
そして、土台の端に細い溝を付けていく。
水魔法で溝の中に水を入れて水平を見るのだ。
水平が取れていれば、10mごとに土台を伸ばしていく。
これを3回ほどやって見せてから、セメントを使って土台を強化していく。
「こうして線路の土台を作っていく。原則は、できるかぎり直線だが、ここから王都西駅までは、必ず曲線になるから、角度が急にならないように、実際に現場を見て、障害物の確認をするように。」
「池が有れば埋める。家が有れば壊す。道が有れば橋を架ける。そういう意味では、地上2メートルでは馬車はギリギリだなー。よし地上3メートルにする。」
そう言って、土台の造成が困難な場所は連絡をもらうようにして、明日から作業に掛かってもらう事にした。
いざとなれば、鉄道の運行回数は少ないので、踏切を採用すれば良い。
いずれにせよ、鉄道駅は人家の無い郊外の外周部だから、大きな問題はないだろう。
私の頭は、いよいよ駆動部の設計に切り替わっていた。
まず、高速度鋼を使ったベアリングを作成する事。
鉄道車両や車、エンジンの軸受けなど、多数の利用が考えられるからだ。
ふと気がつけば、魔術師たちがレーン横の土を運ぼうと、方面軍兵士に頼んでいた。
仕方ない。
魔術師の所に行き、高く積まれた土の所でゴーレム魔法を使って、30mまで作った土台の上にゴーレムを行かせてから、ゴーレム魔法を解除して土地に戻す。
そして、ゴーレム魔法の呪文を教えて、彼女達に練習させる。
楽しく動かしていて、突然倒れる魔術師たち。
まだまだ訓練不足のようだ。
「今日からここで、土台構築しながらOJT訓練だね。マーガレットが遠征でいなくなった時のために、だれかリーダーをきめておいた方がいいんじゃない?」と言うと
マーガレットは悩んでいたが、私はシンシアの方を見て『この前と同じで』、観察していて一番真面目で責任感がありそうな人を選べばいいよと言ってあげた。
能力なんて、どうせ大差ないんだし。
時間いっぱいまで、リーダー選びに付き合い、ゴーレム操作に付き合って、この日は就業時間を終えた。
一旦研究所に戻り屋敷に帰る際に
「明日から駆動機関の開発に入るから、屋敷の工房にいると思う。用事があったら連絡して」
そう言って、馬車に乗り込み、ジャックの御者で屋敷に戻った。
厩舎に行かずに正面入口に馬車を止めたので、待ち人が居るのだろうと理解して、礼儀正しく馬車を降りる。
お読み頂き、ありがとうございます。
今日は日曜なので、夜の部という事で何話か投稿します。




