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家電メーカーの技術担当が異世界で  作者: 神の恵み
第1章 カルバン王国
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第29話 思念体


宇宙のかなた、銀河の外周部にその思念体は居た。


この思念体は、魂とか意識などと呼ばれるエネルギー体である。

そう、あのフィアナ女神が廃棄した魂であった。

肉体が無いため視覚、聴覚、触覚、嗅覚、味覚は無く、ただ地球でカールの魂を得たフィアナ女神が、自身の近くを横切った際に、そのエネルギー体に気づき、後を追ってきたのだ。


追いかけると言っても特別な推進力もなく、ただふわふわと追ってきたために、惑星に着くまでに10年が過ぎていた。


観察対象のエネルギー体は既にどこに行ったかは全くわからないが、炎や電磁波などのエネルギーと、思念体が発するエネルギーとの区別はついていた。



思念体はゆるやかなエネルギーであり、急激な変化はしない。

夜間の思念体つまり、眠っている時の思念体は動かないし、発するエネルギーも微量なのだという事は、本能的に理解していた。


とりあえず、ほのかな思念体エネルギーに接近し、入り込んでみた…やはり、眠っている人間であった。


眠っているため、視覚は得られないが、記憶は鮮明に理解できた。

名前はチョウメイ32歳。女性。

子供が既に2人いる。

久しぶりの感覚…肉体だ。



今度こそ精一杯生きよう! そう思っていたのだが、女性に憑依したその日、隣に寝ていた主人らしき人物とのSEXに、女性としての快楽にはまってしまった。


正直、これはやめられない…。


だが、憑依初日は例外で、この夫は彼女の身体を滅多に求めない。

だからといって昼間は肉体の持ち主であるチョウメイ(女)の自我が強く、肉体の支配ができない。

本人が眠っている時は彼女の記憶を利用する事ができるのが、せめてものなぐさめだ。



彼女の知識によると、この国はノロ共和国。


男尊女卑であり、共和国とは名ばかりの独裁国家だ。

この都市はセイトと呼ばれている。大統領がいる都市は、チョウアンと呼ばれているらしい。

三国志の世界に来たのか?と思ったのだが、そうではない。

何せ顔つきや体格は西洋人なのだ。


今居る場所はセイトの西。南西方向に外洋が見える漁港の町なのだ。



各都市の緩い共和制で選ばれる大統領の座に座る男は、(本人が言うには)フリアノン女神が別世界から連れてきた者だそうだ。


空約束で主要都市の支持を得たあと、次々と大統領令を発して組織の強化を図った影の考案者たちがいた。


キム大統領の支持団体『共に愛国団』という政治団体だ。


この政治団体は、どうすれば民衆の支持を得られるか、どうすれば都市の支持を得られるか、どうすれば国のトップに登れるか、という具体的な策を考える組織のようだ。


第1段階は、人々に『フリアノンの使徒』であると思わせる事からはじまった。


これを信じさせるため、盗賊に襲われた裕福な商人一家の惨殺事件を解決する。

もちろんマッチポンプだ。

盗賊と手を組み、証拠品をよそ者に擦り付けて犯人にしてしまう。


惨殺事件だけに、間違いなく死刑。

つまり合法的に『死人に口なし』。

なにせ真犯人は知っているのだ。

証拠が不足というなら犬に吠えさせるだけでも有罪にはできる。

次々に事件を(起こし)解決し、自動的に治安部署の責任者に推される。


うまく行けば自分が言った通り!と言うし、失敗すればグランデ王国や部下のせいにすれば良い。


仕事をしながら金儲けができるのだ。

都合の悪い相手を犠牲者にしても良い。

そしてこれらの関係者が、『共に愛国団』の信者を集める組織になる。


盗賊が増えれば増えるほど、その妻達、子供達が増え、支持者になるのだ。

徹底的に表はきれいに、偽善的にまで磨き上げ、誰からも異論が出ないようにすれば良いのだ。

証拠は探すものではない。

作るものだ。経済効果や幸福度調査も同じ。


産業はどうするのか?パクればいいのだ。

技術はどうするのか?パクればいいのだ。

こうしてキムはのし上がってきた。



フリアノン女神が、キム大統領と恋愛していると大統領筋からのリーク情報が流された。


キム大統領の子を宿したとされるフリアノン女神だが、決して大統領が言う恋愛などではなく、キムの毒牙に掛かったのだろうと人々は噂している。


だが結果的に神界から人間界に追放された、人間になったと言われるフリアノンが、帝国に逃げて子育てをしていた所を『共に愛国団』の信者に発見され、共和国軍によって、再び共和国に連れ戻されたらしい。


長年の洗脳教育の成果でもあるだろうし、政治は血を流さない戦争だという信念の成果でもあるのだろう。


人々の欲を飴で釣り上げ、ムチで恐怖を植え付け、裏切者を捏造し血祭りにする事で、人々は順応になり、穏やかで幸せな人生を送れるのだ。


キムは部下に

「優しい人にはその優しさを、暴力が得意な者にはその暴力を、働き者にはその頑張りを、それぞれ十分に発揮してもらう。」


「私はその采配ができる男だからだ。共産主義とは、共に公平に享受するものではない、読んで字のごとく、共に生み出すものだ。」



フリアノンの支持母体である『教会』。

ここにキムが圧力を掛けた。

彼女は今地下牢で拘束されている。


その原因となったのはグランデ王国から発せられた『フリアノンはもういない』というプロパガンダだ。


『フリアノンが堕落した』『フリアノンが騙された』などの信用を失墜させる工作をこれ以上認めるわけにはいかない。


これらの工作を辞めさせるため、キム大統領はグランデ王国に侵攻して人質を確保して、これを交渉材料にしたいとの意向なのだ。


『この侵攻作戦にぜひ、教会の魔術師の力を借りたい』という親書が各教会の責任者宛てに送られた。


もちろん報酬などは無いが、断るとフリアノンにどのような災いが降りかかるのか、想像がつかなかった。


そこで、未来のある若い魔術師を除く一定以上の年齢の者の志願者を募ったのだが、第1回目の侵攻作戦は失敗し、規模を拡大した第2回目の作戦は大失敗となったのだった。


これをきっかけに、軍部強化の方針が決定された。




憑依しているチョウメイの旦那の名前はガシン。

漁船の船長をしているらしく、何日も家に帰らない時もある。

能天気なチョウメイ夫人だが、夫のちょっとした持ち物の変化に敏感なようで、夫の浮気に気づいたようだ。


突然魂が呼び起された。


夫人が倒れたようだ。

何が起こったのかと視覚をフル稼働すると、旦那が悲鳴をあげて逃げていくところだった。

今思えば、倒れた直後に目をこれでもか!というほど見開いて、瞳をギョロギョロさせていたのだから、暴力で夫人を昏倒させた本人は、さぞかし驚いただろう。


夫人は町医者に担ぎ込まれたようだ。脳の言語中枢がダメージを受けたようで、周囲の会話が理解できない。


今夜が峠だろう。

とりあえず、町医者に憑依しておこう。


この町医者は飲んべのようだ。

意識が弱くなった夜に覚醒したのだが、記憶の混濁がはげしい。

つまり、酔った状態の夜が多いのだ。

しかも女気はまるで無い。


ただ私も医師だったので、何だが考えている内容になつかしさを覚える。



珍しくスッキリした状態で睡眠に入ったのだな~と思ったのだが、既に明け方に近いようだ。


この町医者の記憶に強く残されていたのは、昨日の昼、かつての妻が北方のグランデ王国に共和国軍と共に侵入し、この医師の妻である魔法師は帰らぬ人となったとの知らせだ。



しかも、最近の事ではなく、帝国歴251年の事で遺体さえ無いというのだ。


元々町医者の妻はフリアノン女神の信者であり、キュアやヒールといった魔術が使える才女であったのだが、夫を亡くし子連れでありながらも、この町医者と再婚し仲良く医院を営んでいたのだが、治療が及ばず、亡くなった遺族から共和国軍に通報が入った。



『フリアノン女神はキム大統領にだまされたと言っていた。』といういわゆる密告の通報であった。


もちろん共和国軍が戦闘に参加させることができる魔術師を逃すはずがなかった。

そもそも、言っていないという証明は不可能だからだ。


妻と妻の子供は軍に連行され、その後の消息は全くつかめてはいなかった。


それが、酒浸りの原因だったのだ。





お読み頂き、ありがとうございます。

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