第26話 細マッチョ
2階の応接間でマーガレット少佐、向かい側のソファーに私とセバスが座っている。
レナが3人の紅茶を入れてくれた。
「マーガレット少佐が知ってる範囲でいいから、事件の事を教えて。」
「わかった。事件は訓練場と屋敷の中間で発生している。そうだな、何か書く物はないかな。」
「じゃー 悪いけど、1階の工房へ移動しよう。セバス、工房周辺の人払いを。レナ、お茶を持って行ってくれる?」
セバスが先に行き、3人が移動する。
「それにしてもいい屋敷だな。私も気に入ったよ。」
工房に着いて、黒板を出してきた。白のチョークをマーガレットに渡す。
「現場は、右側先頭にソフィアが胸を貫かれて仰向けに倒れていた。その左後方にはオリビアが背中から切られてうつ伏せに。」
「死亡していた2名ともに、凶器は支給品レベルの剣のようだ。」
「ふたりの後方に居たのが、デイジー。本人の証言によれば、最初、右前方の路地から男が出て来て、ソフィアを襲い、次に出て来た男が逃げるオリビアを背後から切った。ふたりが倒されて、左側の男から襲われている所を、守備隊が現れて犯人は逃げて行ったそうだ。」
「だが、デイジーの証言では現場の状況と全く一致しない。気が動転している場合もあるから、細かい所はいいとして、まずデイジー本人が切られた方向と傷が一致しない。傷は左腕の内側から外方向に浅く切られている。」
「この傷から言える事は自傷による傷だ。」
頷いて、更に説明の先をうながす。
「次に重要なのは、ソフィアの致命傷は胸を貫いた傷だが、右後方から腰への深い刺し傷があった事だ。深さはデイジーのナイフとほぼ一致する。」
「盗賊だとするには金品が奪われていない事、まして女性を攫わずに一刀に切り伏せるのは不自然だ。また、狙ったとすれば、誰かの手引き無しでは出来ない。以上の事から、デイジーを帰すわけにはいかない。詳しい尋問は宰相閣下の監視下で行われる。姫の関与が疑われるからだ。」
なるほど…。
「確かにその通りだな。だけど守備隊の管轄なのに情報収集が手早いな。」
「うむ。守備隊の幹部に渡した鋼鉄剣を作ったカール様の屋敷の者たちだ。捜査に不手際があれば次回から剣は入手できなくなるかもな。と独り言が口から出たかも知れん。」
「お前なー 人から好かれようと思わないのか?」
「所詮は公爵家の娘。へなちょこの機嫌を取っても何も変わらんさ。」
「すまない。ありがとう。」
マーガレットの性格からくる行動だ。
私がなにか言ったところで変わりはしないだろう。
「ところで、学園が始まったら研究所へは来ないのか?」
「いや、学園の授業後には必ず出勤するよ。夏休みは休むけどね。」
「了解した。シンシアには伝えておくよ。」
そういえば、シンシアは魔術師の加護がないので、伝言鳥が使えないのだった。
襲撃を受けた夜、善後策を考えるため、4人組は応接室で話し合っていた。
まず、1年先輩役のソフィアを失ったため、これを補充する事が必要だったが、私としては伝言鳥を使える者が必要だと考えた。
学園生活で学年が違えば、居場所が違うだろうから、伝言鳥が使えない場合、緊急対応ができないからだ。
そこで、年齢をごまかしてレナを送り込もうと考えた。
本人は嫌そうだったが、『私の願い』だと言ったら了承した。
ソフィアの身代わりだが、レナが11歳と偽っても誰も不思議には思わないだろう。
問題は正規の手続きを踏んでいない裏口入学という事になるのだが、学園長が宰相なら何も問題は無いだろう。
ただ現状では進学ができないだろう。
特訓あるのみだ。
次にオリビアの代わり、つまり同級生だが、これは男の方が良いのではないか?と考えた。
同じ学年でも性別が違えば、同じ授業にならない可能性があるらしい。
第一、里にはもうあまり女子が残っていないという話だし、細マッチョの男の護衛を希望した。
デイジーの代わりだが、今度来るメイドが学園を受験するらしいので、その結果待ちとした。
以上の話し合いの結果を、私の希望という事で里に依頼をしてもらった。
明日から学園生活が始まろうとしていた日の夕刻、里から男の子がやって来た。
珍しく随分時間が掛かったな~と思いながら、いつもの応接室で対応する。
「カール様、初めてお目に掛かります。名は持っておりません。どうぞ名をお与えください。」
「エリオットはどうかな。」
「わたくし、カール様にお仕えする同級生役のエリオットです。」
「今回エリオットが来るまで結構時間が掛かったみたいだけど、何かあったの?」
「いえ、女子は候補対象者がほとんどいませんので、選考せずに決定になりますが、男子は普通、周辺隊には呼ばれないため、多くの優秀な者が残っていて、その分選考は複雑になるのです。」
「でも、私の同級生役で、武器使用に制限のある学園での護衛を兼ねるとなると、それほど多くの人にはならないでしょう?」
「里には里の戦いがある…と言えばいいのでしょうか…」
セバスが補足説明をする。
「この者が選択されたあと、決定をひっくり返す者が現れたのです。カール様の将来性に投資をしようと金貨を積んだ者が。」
「しかし、この者が素手による近接戦闘技術に優れ、また、学業も優秀との事前情報を得ていた私から、カール様は『細マッチョ』を希望されている。異なる者では寵愛を受ける事はできない。と言って、お断りをしたのです。」
「それで、再びエリオットに決まったの?」
「はい。しかもエリオットは長男の系譜の者。」
「エリオットよ。カール様はラングリッジの系譜の人なのだ。ご恩を返すつもりで仕えるのだ。」
「そうでしたか…命に代えましても。で、その『細マッチョ』とは?」
「……」
「セバスは意味も分からずに私の希望だからと強硬に言ったのか…。細くて筋肉質という意味だよ。ごつい人だと僕のひ弱さが強調されるだろう?だから嫌なんだ。その点、君は上品な顔立ちだな~。」
「それにしても『寵愛』なんて物騒な言葉が出て来てたけど、僕にその趣味は無いからね。」
「それと、格闘が得意だとしても武器は必要だな。」
そう言って、板バネの破片をポケットから出して、練り練りして、メリケンサックを2個作り出した。
「うまく相手の剣と角度が合えば、防具にもなるし、殴れば武器になる。使って。」
「エリオット、これからよろしくね。」
翌日、朝から学園に馬車で行く。
御者はジャック。
馬車の中にはレナ、私、エリオットの3人が乗っている。
今日は入学式だ。
レナは今日から学園の寮生活になる。
『わがまま姫』の情報を探ってもらいたいのだ。
また、ジャックは昼間は用務員として学園長が雇った人という事になっている。
もちろん給料は出る。
私とエリオットは通学だ。
私はなぜか、王立学園の事が引っ掛かる。
『フリアノン学園』が出来た時、この女神がこの学園にはいなかったのだろうか。
学園の建物や当時の書物など当時のままだろうか。
フリアノン学園の時代にまつわる何かが王立学園に無いか、学園の全体像や、レナが受ける授業内容。
この2つも観察することにしよう。
アンジェラ姫は3年になっていた。
優秀なら卒業できる学年だ。
あまり目立つ動きをしていないためか、まだ姫を発見できていない。
1年A組として自己紹介などがあって、簡単なオリエンテーションで今日は終わりになった。
このあと私は研究所に出勤となる。
学園ではジャックは用務員、エリオットは同級生兼護衛だが、放課後の研究所ではジャックが御者と護衛を兼務する事になっている。
レナが恨めしそうに、学園を出る私達を見ているが、任務なのだから仕方ない。
しっかりと姫を見張っていてほしい。
レナから伝言鳥が飛んで来た。
『今夜からターニャをよろしく…』って、そっちの心配かよ!
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