第163話 王宮警察隊
王国歴 265年10月第4週
王宮警察隊の訓練と同時に、劇場で上映するプロパガンダ作品も撮影している。
『CSI王宮科学捜査班』だ。
第1話は、以前に実際に有った『配給肥料の不正事件』を題材にしたフィクションだ。
事件は配給倉庫の財務官が殺害された事から始まった。
殺害現場である倉庫前に駆け付けた王太子。
王太子「この現場周辺に人が立ち入るのを禁止する!おい!」
王宮警察隊の隊員が、立ち入り禁止標識テープを周囲に張り巡らせている。
王太子は、殺害されている者が財務官である事を上級財務官から確かめると、
薄いゴム手袋をはめ、死体の顎や首、腕など全身の硬直具合を確かめている。
もう一人の隊員は、金属の箱を禁止標識テープに並ぶ者達に向けて、覗いている。
彼らはその箱がカメラである事も知らないし、その行為が何をしているのかも知らないのだ。
王太子「顎や首は既に硬直が始まっているが、腕はまだ弛緩している事から、死後3~4時間といったところだろう。」
治安維持の守備隊員を含め、周囲の者たちは、『は?』という表情をしているが、カメラを構えた隊員は、そんな群衆の中で、驚く者をカメラ越しに探しているのだ。
王太子「犯人はまだ近くにいるかも知れん。守備隊は倉庫一帯の出入りを封鎖し、身元確認を行え!」
王太子の言葉に一斉に動き出す守備隊と王宮警察隊3名。
群衆の中に特に顔色を変え、驚いている者がふたり。
しっかりと写真が撮られている。
だが、驚いたという理由だけで逮捕する訳にはいかない。
上司に事情聴取をすると、
上級財務官「王太子様からの指示で肥料の受領書と現物の数量確認をしていたのです。」
王太子「うむ。東の森ハリコフまでの村『ジニキウ』の周辺農家の受領書を確認せよと命じたはずだ。」
王太子「この現場から無くなっているものは無いのか?」
上級財務官「ジニキウ村の納税名簿を持ってきていたはずですが…それが無いようです。」
王太子「うむ。わかった。」
王宮警察隊「凶器はナイフのようです。胸を一突き。慣れてますね。」
王太子は樹脂製のスケールを取り出し、胸の傷の深さを測っている。
王太子「ジニキウ担当の守備隊は誰だ?」
----- 場面は変わって、守備隊詰所 -----
守備隊東部方面 隊長「彼がジニキウ担当のゲイリーです。」
王太子「おや、君はあの殺害現場にいた人だね?」
ゲイリー「あっ、はい。今日は家内の実家に用事がありまして…」
王太子「うむ。」
そういって捜査ファイルを広げ、資料を見る王太子。
向かい側に座るゲイリーも、王太子の横に立つ隊長も、その資料に目を奪われている…。
そう、わずか3時間ほどの間に、ゲイリーの妻が妊娠6か月であることや、妻の両親とジョージ侯爵が経営する『ジョージ商会』との関係が書かれていたのだ。
王太子「ゲイリー君、君は読み書きはできるよね。」
ゲイリー「はい。できます。」
王太子「では、この紙に『Tyler』と書いてくれ。」
そういって渡した紙に、渡された羽ペンで『Tyler』と書いたゲイリー。
もう以前にやった自身の行為を忘れているのだ。
王太子「隊長、ジニキウ村の配給リストと受領書を見せてくれ。」
そう。財務官が管理しているのは納税者名簿であり、肥料の配布リストではない。
その年の納税者名簿から配布リストを作成し、実行部隊の守備隊隊長に引き渡されるのだ。
いかに全農民に無償配布といえども、税の未納者には配布はされない。
王太子「今年の受領書のTylerと、君が書いたTylerは、ほとんど同じだね。」
ゲイリー「えっ、間違えずに『Tyler』と書いたのですから、同じですよ。」
王太子「では、隊長にも書いてもらおう。」
そういって渡した紙に、渡された羽ペンで『Tyler』と書いた隊長。
王太子「隊長、ゲイリー。この受領書のTの字と、ゲイリーのTの字全く同じだよね?」
王太子「でも隊長の書いたTの字と受領書のTの字は違うよね。」
王太子「このように、字にはどうしても個人の癖が出るんだよ。これを『筆跡』といってね。書いた個人を特定できるんだ。」
王太子「つまり、春に肥料を受け取ったのはゲイリー、君だということだ。その証拠がこれだ。」
村の上空から撮影された麦畑。その写真を液晶パッドで見せながら説明する王太子。
王太子「タイラーさんの麦畑は、こんなに不作だね? どうしてかな?」
ゲイリー「………」
王太子「タイラーさんに聞いてみるかね?ゲイリーから肥料を受け取りましたかって…」
ゲイリー「仕方がなかったんです!妻の両親が『ジョージ商会』からの借金で…」
この野郎!と言って殴りかかろうとする隊長を、羽交い絞めに抑える守備隊員。
王太子「つまり、肥料をくすねて来いと言われたのか?」
ゲイリー「申し訳ありません…国民を守るのが仕事なのに…うう…」
第2話は、凶器の発見と、凶器から指紋を検出し、実は殺害犯はゲイリーではなく、もう一人の財務官であり、ジョージ侯爵からの指示であったと供述を得るストーリーである。
もう一度念押ししておくが、これは『フィクション』だ。
本当に犯人を突きとめたのはエリオットだし、横流し先は共和国と思われるが、業者は別の店だ。
このシリーズでは、一部分は本当だが、悪者はすべてジョージ侯爵の関係者であり、正義の味方は全て王族という事になっている。
お読み頂き、ありがとうございます。




