第157話 さまざまな想い
------ エンドウ・イサオ視点 ------
急ぎ、リンダという美少女の体に乗り移ったのだが、今までの憑依感覚とは違い、『魂の有るべき場所』という感じる。
今まで一つの部屋に2人の船頭がいる窮屈さは無く、まるで円形の部屋の中心に居るような感覚。
自分の周囲を取り囲む6つの半透明な円柱。
過去の記憶や言語が流れ込んでくる「認知」という円柱。
自分の感情表現を多くの語彙から半自動で「言語」に組み立ててくれる円柱。
オーロラ、ハンゾウ、カール、アイなど、新たな名前と人物像を記憶していく円柱。
「では車の所まで行きましょう。大丈夫ですか?」
車?と思っただけで、反射的に首を回し、立ち上がり、歩き出す…「行為・遂行」の円柱。
『椅子をもとの位置に戻す?』と問いかけてくる「情動・人格」の円柱。
人工的な、…だけど快適な空間。
自然に歩けて、足の裏に自然な圧力を感じる。
だけど膝を持ち上げた時の脚の重さを感じることはない。
各部にある微妙なアンバランス…でも今はいい。
見覚えのある「軽装甲戦闘車」という車の後部ドアを開けて、乗り込む。
「その体は人間ではない。」
そうカールから言われて理解したプログラムという柱。
6つ目の円柱、それは「DIAG機能」。
自己診断…自己修復…行動制限…。こんな機能が人間に備わっているはずがない。
----- カール視点 -----
車に乗り込んでからのリンダは、内部の大脳CPUからさまざまな情報を見ているのだろう。瞳孔が自然に上下左右にわずかに動いている。
一般的に言う『心ここにあらず』という状態だ。
今乗っているこの軽装甲戦闘車は最新バージョンのものだ。
ルーフには円形レーダーと人口眼球20の回転灯が付いている。
(警戒支援)
ヘッドライト下に衝突防止技術を応用した路面センサーが付いていて、路面の凸凹の影響を最小限にする車軸制御が行われる。
(走行支援)
どのような路面を走行中でも、ロケットダーツがヘッドライト部分から発射でき、命中率が下がらないようにする。
これらはロケットダーツの攻撃支援システムとして機能する。
まあ、私にとっては車酔い防止システムともいえる。
途中まではお付き合いをしていたのだが、午前2時頃から私は2人用寝袋に入り、アイと共に眠らせてもらった。
翌朝、彼はまだ認知領域の記憶データにでもいるかのようだ。
キンキ地方のさまざまなデータが入れてあるからね。
いくら睡眠も、飲食も必要ないといっても、人間らしい習慣は必要だ。
「リンダ! リンダ!!」
リンダ「あっ な、なんでしょう?」
そう言ったあと、はっ!! と驚いた表情で口元を手で隠している。
恐らく、自分の反応とは違って、自然に『女ことば』が出てくる事に驚き、しかし、その反射的なしぐさも、女性らしいしぐさになってしまう。
「名前は、リンダでなくても構わないんだ。」
リンダ「でも、リンダとしての記憶があります。」
「そう。過去の無い人はいないからね…。」
リンダ「だったら、慣れるように致しますわ。」
「うむ。熊野神社で、今後どうするかを決めればいい。」
「オオサカでも、ヒョウゴでも、君が住みたい場所に家を用意するから。」
リンダ「はい。ご親切にありがとうございます。」
「それと、意識して人間らしく振舞ってほしい。」
「或いは、DIAGプログラムに24時間タイマーがあるから、アラームをセットできる。」
「それと、その体は人間の女性として作られている。」
「男性から襲われると、簡単に制圧されるから注意をするように。」
「死んだりしないし、自己診断、自己修復の機能もるけど、無茶はしない方がいい。それと、自殺や意図的な殺人はできないようになってる。」
リンダ「はい。わかりました。」
アイ「では、外で朝食にしましょう。」
セイトを出て夜間、徐行運転に近い速度だったのだが、宣昌市まで人家はなく、既に重慶北部にまで来ていた。
------ セバス視点 ------
カール様から連絡があって、初めて小型巡視艇で外洋に出た。
3隻の合同運用訓練だ。
軍港を出た我々第1戦闘艦隊は、沖合をセイトに向けて南進して仮想標的にもなるブイを投下。
まずは仮想密航船の追跡を想定した高速航行訓練だ。
この船は高速航行でも動揺が少なく、ブイとブイの間を想定通りに通過できた。
次に目標ブイに対する攻撃演習は、射撃指揮装置があるため、外す事はまずない。
船長、航海士2名、機関士2名、網師兼料理人2名の乗組員8名が連日訓練をこなしながら、魚雷発射管のような装置が魚群探知機と連動した投網で、魚を獲っている。
今回は旗艦に乗り込んだカール少将が、魚の分析をして、毒の有無や調理方法を料理人に教えて下さっている。
艦隊行動訓練の2日目には、南方700㎞のセイト港に到着し、獲った魚を持って、4メートル型複合艇で上陸し、早速、カール少将と漁業組合長が意気投合していた。
セイト港は小さく、船底は平らな小型巡視艇でも1隻しか停泊は出来ないからだ。
まさか、カール様が直々に魚をさばく所を披露するとは、思わなかった。
『ファーストコンタクトとしては、上出来だ』とのカール様のお言葉があったのだが、いつものごとく、意味不明だ。
沖合で獲った彩り豊かな魚を土産として渡して、翌朝、我々は帰港したのだった。
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