第154話 オオサカ掌握作戦
王国歴 265年4月第1週
コジロウの実験により、2種類の化学繊維ができた。
1つは指輪のヒント通り、アルカリ液に溶かして、再度、溶剤で糸状にした繊維で、世界で初めて誕生した化学繊維と呼ばれたレーヨンだ。
染色性と吸湿性も高く、弱酸性であるため、汗の臭いを吸収する効果があり、肌着や女性向けワンピースに良く使われたらしい。
吸湿性や速乾性にすぐれているが、水洗いによって少し縮むため、スチームアイロンで引っ張りながら修正したりしていた。
もう1種類の繊維は、植物セルロースに酢酸と、アセトンを加えて作り出した「半合成繊維」のアセテートとよばれるものだ。
絹のような風合い、シワ加工やプリーツ加工が施しやすいため、婦人用正装服やカーテンの素材として使われたらしい。
だが、アセトンは私が火薬を製造するために作っている揮発性で爆発性が高い溶剤であり、
繊維製造にために大量消費するわけにはいかない。
おそらく私が亡くなって以降、作れるのは同じ加護を持つ『タクミ』だけになるだろう。
レーヨンが肌着に使われるのは、なめらかな肌触りと美しい光沢感だけが理由ではない。
皮膚から発散される水蒸気が繊維に吸湿され、水に戻るときに熱を周りに与える『吸湿発熱』の効果があるからだ。
流行りの、ヒート素材なのだ。
重要なのが大量の汗をかかないことと、ヒート素材が肌に密着していること。
大量の汗は蓄えられた熱と奪われる気化熱のバランスがくずれ、普通の衣類と同じように体温を奪われることになる。
また、ブカブカのヒート素材の肌着だと効果はない。
参考までにユニクロのヒートテックの混紡率は、ポリエステル35% レーヨン33% アクリル27% ポリウレタン5%だ。
また、生地の説明書にT65%、C35%と書いてある場合、Tはテトロン65%、Cはコットン35%を示している。
実はポリエステルは、旧名称が『テトロン』なのだ。
テイジンの『テ』、東レの『ト』、ナイロンなどの「ロン」を組み合わせた造語。
レーヨンは、水洗いによって少し縮んでしまう弱点を持つため、『洗い屋』という職業が出来るかもしれない。
今は実験として成功した段階であり、これから実用化、量産化に向けて機械を考えなければならない。
だが、ヒョウゴに5000人、オオサカに7000人しかいない世界なのだ。
小型の紡糸機械と織機で充分だと、コジロウには言っておいた。
コジロウは指輪の知識で、溶融紡糸装置や溶融紡糸巻取装置を研究しているので、あとは彼に任せる事にした。
食品工場で布を織り、布状態でオオサカに出荷して、染色や縫製を産業とするのが良いだろう。
私が作るシリコーン製の靴や戦闘服は縫った形跡の無い一体成型の物になる。吸湿性は全くなくて、むしろ撥水性すら持っている。
だから、肌着にはできないのだった。
次の日、アイとふたりで黄山工場からオオサカへ向かった。
南門に到着すると、装甲車の七曜紋を見てすぐに車用のゲートが開く。
門番は伊賀衆だ。
そして東町奉行所の門を入り、駐車場に軽装甲戦闘車を停める。
奉行所の中には、それなりの人数がいる。
何を訴えに来ているのか、受付リストを見てみると、ほとんどが仲介依頼だ。
大半が金銭トラブル。
次が井戸の利用トラブル。
つまり組合などを通さない個人間の小さな取引でトラブルになっているようだ。
奉行所奥の座敷で、訴えの内容を、地域別、問題別に分類していく。
すると見えてきたことがある。
金銭の貸し借りとは、ほとんどが飲食費の掛け売りに関する事である。
支払いに関することは、家賃、水利費、ゴミ処理に関する事である。
奉行所内の与力は警察署長クラスで、同心は刑事である。
だが、余りに小さなトラブルは刑事事件には不向きなのだ。
そこで告知を出す事にした。
『町同心』という新しい役職を作り、任命した者を各町に告知したのだ。
(キョウトから移り住んだ120世帯の伊賀衆を役に付けた)
『町同心』は刑事事件に該当しないトラブルの取り調べを行い、実質的に判決を下す権限を持つ。
決定に不満があれば、奉行所にて吟味する事とし、持ち込まれた訴えを一旦差し戻した。
------実際の江戸では------
町与力の定員が南北町奉行で各25騎とされたのは、八代吉宗の時代で享保4年(1719年)の事である。
その後、欠員が出ても補充しなかった事があり、正式な与力はやがて南北各23騎の世襲制となった。
一方、町同心の定員は、最初は南北各100人であったが、後に各140人となり、こちらも世襲制とされた。
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指輪で得た知識を応用し、町同心の中から東西で優秀な者を『町与力』として昇進させることを、奉行である藤林に指示した。
その後の告知では
民法の規定を使い、特に定めなかった利息は年5%と定める。
(2020年に市場金利に連動する変動制に改正されました。)
オオサカの土地、建物は神が作りし物で、個人所有は認められない。
従って、借地、借家代金を請求する事は大罪とする。
あえて立ち退きを要求できる権限者は、統治者であるカール・ラングリッジと定める。
商人組合の裁定による決定は『調停』であり、法的拘束力はないものと定める。
奉行所の定める商取引の原則は
1.商は笑なり。
(どちらかが笑えない状態ならば、それは商人道として認められない)
2.貸してからのケンカよりも貸す前にケンカせよ。
以上の原則に基づき、町同心は判決を下すように指示したのだった。
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