第136話 荊州からの侵略者
王国歴 264年8月第2週
隠れ里の者達や、キョウトの受け入れ準備ができるまで、中途半端に暇な20人の若者を訓練することになった。
軽装甲戦闘車の後ろに例の幌馬車3台を繋いで、オオサカから200km南西の所にあるワカヤマが目的地だ。
2車線の高速道路のような街道を進む。
パーキングエリアの人々の話によるとワカヤマは海に面した村で、防壁はないらしい。
今夜は魚料理が食べられるかも知れないと期待しながら4時間。
ついにワカヤマに到着した。
確かに防壁は無いが、漁村という雰囲気も無い。
だが、ちょうど海に沈む恒星の姿が見えて、美しい景色であった。
宿から海側に5分も歩けば海岸だ。
村の中に宿を見つけて分散して宿泊するつもりだったのだが、どこにも住民がいない。
過疎によって放棄された可能性は確かにある。
仕方がないので、各自、自給自足の夕食とする。
予想に反して夕食に出た魚料理は川魚だった。
囲炉裏で話をしていて彼らが里で川魚を獲った事があると話してくれた。
五右衛門風呂もあるので、自分達で水を汲み、火を起こして風呂に入った。
翌朝朝食時に、アイから報告があった『東から200人ほどの兵士がこちらに向かっている』という情報を彼らに伝えた。
忍者組が同伴していれば、もう少し何とかなったのだが、戦力は私とアイだけ。
しかもこの村からは、ヒョウゴやキンキ食品工場には電波が届かないから、応援は呼べない。
どうしよう。
若者「どういう事でしょう?」
アイ「早朝、西の空に煙が見えたので偵察に行くと、ここから西へ20kmの所で武装した兵士100名ほどと、同じく子供達100名ほどがキャンプをしていたのです。朝食のためにたき火をしていたようです。」
アイ「そこでの彼らの話を聞き取ると、孤児や奴隷を兵士にするための訓練をしていて、時々この村を演習目標として襲撃していたようです。」
若者「くそ!どうりで誰も住んでいないはずだ。」
アイ「先ほどは10人編成で部隊を組んでましたから、2~3時間もすれば来るでしょう。」
若者「わたし達はどうすればいいのですか?」
「うむ。子供兵士は厄介な存在だ。攫われた子供にしろ奴隷にしろ、世間を恨んでいる者が多く、中でも既にゲリラ兵として教育が定着している者には、更生の余地はない。」
「問題は君達だ。いかにゲリラ兵といっても、子供を殺すのは気分が悪い。いっそのこと山中にある神聖な熊野村まで逃げ、見張りを立て、それでも来た者は殺してしまうしかない。」
「彼らが最も得意とする相手は人間らしい心を持つ者。そして最も苦手とするのは獣たち。ならば、その細い登山道に獣を呼びよせ、ゲリラ達の相手をさせるのも良い策だと思う。」
「熊野には神を祀る神聖な場所があるからね。」
私の知る世界では、熊野三山に祀られる神は、スサノウ、イザナギ、イザナミの神であり、それぞれ阿弥陀如来、薬師如来、千手観音のお姿をしていた筈だ。
「とにかく、神聖な場所をゲリラとの戦闘で血まみれにする訳にいかないのだから、早く熊野村までの間道に罠をたくさん仕掛け、獣の配置を急ぐのが先決だ。」
若者「はい。ご指導ありがとうございます。」
アイ「カール様、それは北の里とおなじようなものでしょうか」
「うむ、そうだね。」
「とりあえず、今は時間が無い。アイは彼らとともに熊野村までの道に罠を作り、隠れ里まで抜けてくれ。私はこの車でキョウトまで戻り、この事態を忍びたちに知らせねばならないだろう。」
アイ「では、ご指示通りに。カール様はくれぐれも無茶を致しませんように。」
アイが私の手の甲にキスをして、彼らと打ち合わせに入ったようだ。
「(小芝居が過ぎるんじゃないの?)」
アイ「(気持ちが上がるでしょー)」
私は装甲戦闘車でワカヤマ村を出て、キョウトに向けて車を走らせる。
それにしても荊州の蛮族はむごい事が平気でできる奴らのようだ。
その奥の益州も同じような状況なのだろうか。
キムという大統領の残虐性と、子供兵を使うという残虐性とは一致するように思うのだが…。
今回はパーキングには寄らず、ひたすらキョウトを目指す。
どんなに急いでいても、馬車を追い越すのは、相手の御者が譲る合図をくれた時だけ。
下手に馬を驚かせると事故の元になる。
4時間弱でオオサカの南門が見える所に来た。
ここから更に2時間。キョウトに到着だ。
------------------- アイ ------------------
その頃、アイは山道を北に登っていた。
地球では熊野三山は、熊野本宮大社【本宮】、熊野速玉大社【新宮】、熊野那智大社【那智】の3か所にあるのだが、この世界では熊野村の社の1か所に集められていたのだ。
この場所にそれらがある事も、信仰する者もいないこの世界の熊野権現。
地球の神は、これらをカールに任せて、維持させたいのだろう。
とにかく、熊野村を目指してほとんど獣道のような細い登山道を歩くアイに対して、肝心の若者たちが付いて来られないのだ。
時速にして約4km。
およそ3時間歩いた結論は、この道を子供兵が登ってくる筈がないという事だ。
だが、この超美人のアイという女性は、自分達とは比べ物にならない体力を有していた。
しかも時々、獣道に現れる小動物を簡単に狩ってしまう実力の持ち主。
とにかく話がしたいという事もあり、休憩を取ってもらって話をする機会を得た。
若者「アイさんはどうしてそんなに強いのですか?」
アイ「体力の事ですか?」
若者「はい。」
アイは人間の身体の構造をカール先生の講義で知っていた。
データももらったため、内臓の働き、筋肉の部位と働きなど、医師と同等レベルの知識だけは豊富なのだ。
アイ「少し触診をしますね。」
青年の腕を取り、筋肉の付き具合を確かめる。
次に、バンザイの姿勢をさせて胸、腹、腰と触診を続ける。
太もも、ひざ、足の土踏まずまで、細かくチェックした。
アイ「まず、動悸が早いわね。それから筋肉の付き方が悪い。」
地面に木の枝で図を書いて、各筋肉部位ごとに採点をしていく。
そして、どのような運動がその部位の筋肉を鍛える事につながるかを説明した。
最後が摂取している食べ物について、タンパク質、炭水化物、脂肪など、バランスよく栄養素を摂取しなければ、体は作れない事を説明したのだった。
アイ「肉が足りないなら狩りをすればいい。野菜が足りないなら栽培すればいい。ただ、『身近に無いから』ではだめよ。カール様はこれらの知識も教えて下さるし、野菜も栽培しておられる。要は自分のできる事を精一杯する。出来ない事は出来る人に頼る。」
シャレて言うなら『愛の説教部屋』という感じだろうか。
青年は触診の際に間近に見せられた傷ひとつない綺麗な肌と、みごとな胸の谷間、後ろから胸筋を触られた際の背中に感じた乳房の感覚に痺れてしまっていた。
動悸が早いのは当たり前。
鼻血が出なかっただけでも良しとしていた。
アイ「聞いているの!あなた!」
ぼーっとアイの顔を見ていて、叱られてしまった。
アイ「分かったら明日からでも訓練に励みなさい。いいわね。」
全員「はい!」
再び登りだしたアイに、必死に食らいついていく青年たちであった。
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