第133話 忍びの隠れ里
王国歴 264年7月第4週後半
魔境の森の手前で今日はキャンプをすることにした。
いつもの事ながら、食事が必要なのは私だけだ。
今日、アイは私の伴侶だと告白した事もあり、穏やかな夕食となった。
装甲車の後部でダブルサイズの寝袋を作り、一緒に寝た。
安心したせいか熟睡してしまった。
翌朝、アイの『旦那さま』という呼びかけで目を覚ました。
(まーいいんじゃないだろうか)
装甲戦闘車を降りて、森の中を進むこと2時間、小鳥や小動物の声が消え、雰囲気が変わり、緊張していた。
迷彩、幻覚、誘導あらゆる可能性がある中を、アイが先頭に立って歌を歌いながら森の中を進む。
由紀なにがしが歌った『夜明けのスキャット』である。
『ルールルルー』アイには幻覚剤は効かない。
『ルールルルー』赤外線暗視も可能なため迷彩も効果がない。
「同じ道を通ったのではないか?」
アイ「いえ、音の反響が違います。」
「なるほど、アイは自らの歌の反響を聞いていたのだね。同じように見える森林も、全く同じ場所に木が生えている訳じゃない。当然、音の反響は微妙な違い生む。それを分かりやすくするために、同じフレーズを繰り返しているのか…。」
いつのまにか靄の掛かった景色が晴れ、里の入口に出たようだ。
私は靄の景色が幻影だった事を理解し、自らにキュアを掛けて、視覚を正常に戻した。
まもなく、大人の男が2人、その後方に女の忍びらしき者の姿を捉え、懐中電灯を用意する。
早速、アイが倍速モードに入り、男の懐に飛び込んで拳を見舞っている。
『ぐふっ!』
懐中電灯の閃光を光らせ、門の上から弓を構えていた女が目を逸らした時、麻痺毒矢を放った。
距離は離れていても、ちょうど焦点が合っていた目の網膜には焼け付き現象が出たのだろう。
2人目の男が格闘術でアイに挑んだのは判断ミスだ。
あれほど早く動ける者には、せいぜいカウンター狙いしか手段がない。
キックを躱され、股間に一撃を食らっていた。
アイの懐中電灯には、麻痺毒矢と致死毒矢が交互に出るしくみになっているため、次は空打ちが必要になる。
咄嗟にグロック34を出し、もう一人、見張り台から弓を構えていた女の肩に照準を合わせた。
もし、矢を放たなければ撃つつもりはない。
だが、弓が放たれた。
『パン』
拳銃を撃ち、矢を躱した。
「やめろ!我々を誰かと勘違いしてるのか!」
門が開いて中から出て来た長老らしき男が手で戦闘を止める合図をしているが、既に私に矢を放った女の肩から血が出ていた。
9mmのパラベラム弾は有効射程が100mくらいだろうか。
だが20~30mなら十分に威力はあるが、厚さのある防具ではさすがに貫通はしない。
今回は革の防具を付けた肩であったため、体内に弾丸が残っているため取り出さなくてはならない。
布で患部を押さえているが、女をその場に座らせて布を取り上げる。
「な、なにをするのよ!」
門から出て来た女の非難の声を無視し、
「アイ、弾の位置は分かるか?」
アイ「はい。比較的浅い位置にあります。取り出しましょうか?」
頷くと同時に
「女、痛いが我慢しろ。」
そう言って、先ほどの布を女の口元に持っていくと、自ら布を強く噛んだ。
それを見て、アイがナイフを肩の穴から突っ込んで弾をほじくり出したのだった。
「ヒール」
弾が出ると同時に、患部に手を当てて分析し、ヒールを掛けて治療は終わった。
私のヒールは破壊された骨部も筋組織も全てを新しく再構成してしまうため、すぐに痛みが引き、かつ、内出血した血液でさえ、成分ごとに再配置されるのだ。
一連の流れ作業で、彼らは私達が普通の者ではない事を悟ったようだ。
この隠れ里の実力者なのだろう者達を瞬殺した私とアイ。
見た目は17歳そのものだが、体の動き、使う武器、使う魔法、その全てが初めて目にしたに違いない。
門の外で、地面で治療したのは初めてだ。
「中に案内してもらおうか。」
長老「恐れ入りました。ささ、どうぞこちらに。」
部屋に通されたのはいいのだが、板の間に床几と呼ばれる折り畳みの椅子がポツンと置かれた部屋だった。
私が床几に座り、アイが私の横に正座をすると、長老は丸い座布団にあぐら座りをした。
「私の名はカール・ラングリッジ。グランデ王国の出身だ。彼女の名はアイ」
「そして私の知るところでは、おぬし達は伊賀、甲賀と呼ばれる忍びの者か?」
長老「な、なぜその事をご存知なのですか?」
「うむ。知っているのだよ。日本という国にあった本当のキンキという所をな。」
長老「ニホン国の…本当のキンキ…」
長老「カール殿、どうか本当の我々の事、教えては貰えぬだろうか…」
「どういう意味だ?」
長老の言うには、自分達が忍びであり、ここが隠れ里である事は理解ができているのだが、腑に落ちない事もあるらしい。
長老「この投擲武器である『くない』。名は知っているものの、実際に使いこなせる者はいないのです。」
長老「門で弓を引いた者も、里では使い手ですが加護は『狩り』であり、戦闘用の加護ではないのです。いくら考えても、知識や記憶はあるのですが、技能が一致しないのです。まるで、急遽、忍びにされたように…」
「ふふふ。神のいたずらか?」
長老「まさに…」
「伊賀も甲賀も、その地を支配した有力者たちだ。例えば、キョウトとオオサカが戦いになった時、その戦闘力や情報収集力を買われ、雇われる事もあった。」
「そして後世に名を残した彼ら『忍び』は、山中に隠れ奇襲を得意とした戦闘団だったのだろう。最終的には日本を統一して統治した徳川という勢力下で活躍したそうだ。」
「だが、有名な彼らの本当の詳しい事は誰にも分からない。当然だろう、『忍び』なのだから。」
長老「なるほど…そうですか…」
「おそらく、この地を治める神が、そなたらを欲しているのだろう。」
長老「…お願いがございます!カール様。」
長老「我ら一族もカール様の家臣としてお仕えいたしたく、お願い申し上げます。」
私の左側で立てひざ姿勢になったアイに目をやると、長老もアイを見た。
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