第127話 ヒョウゴ
王国歴 264年5月第3週
順番が来るまでに入門の手続きは終わったのだが、入ってからの荷物チェックが大変だった。
ゲートを越えた門番詰所で、装甲車の貨物室の中の小銃や装備品を説明しろと言い、移動販売車の側面パネルを展開した時の商品展示棚の商品にもいちいち質問が飛んでくる。
単なる村人に説明しても理解できる筈が無い。
一通り見せたあとは、即時、パネルを閉じて
「単なる商品だ。身元確認が必要なら水晶を持って来い!」
この私の言葉に反応したナカヤマ氏が、門番に抗議してすぐに開放された。
なんと、冒険者ギルドは存在するのだが、統治者がいないため建物に入る事さえできないらしい。
彼らではギルドのセキュリティーを解除できないのだ。
ナカヤマ氏の商会ビルに幌馬車と馬を返し、盗賊の荷物を渡して、私達は教えられた宿屋に行く。
ここも1部屋銀貨1枚。
4つの2人部屋を確保して、各自休憩としたが、オリビアが装甲車周辺に集まった野次馬を追い払い、周辺の見回りをしてくれたようだ。
オリビアからの情報で、冒険者ギルドの場所が判明したため、徒歩でギルド前へ来た。
大通りに面しており、ナカヤマ商会ビルとも近い。
こういう施設のセキュリティーは職員用の入口付近にあるものだ。
建物の横手に来ると見慣れた端末が見える。
ギルドカードをかざしたのだが反応がない。
そこまで最新ではないようだ。
今度は下からカードを差し込むと、******の表示が出た。
暗証番号なんて設定した記憶がない。
設定していないのだから…とオール0を入力したがエラーになった。
まさか3回失敗するとカードが使えなくなるなんて事は…と恐怖心を覚えながら、247101と誕生日を入力するとドアロックが解除された。
誕生日って一番暗証番号に使ってはいけないものじゃなかった?と思ったのだが、開いた事は素直にうれしい。
1階フロアーに通じる扉には鍵が掛かっていて扉は開かない。
アイ「開けましょうか?」
いやいや、破壊する気満々のようだが、『やめろ』と言って階段を2階へ上がり、清掃用具入れ、大小会議室が2室、事務室とマスター室があった。
恐らく鍵はマスター室だろうとは思ったのだが、ここにもセキュリティー端末があって、権限不足と表示される。
アイ「開けましょうか?」
「だめだ。」
事務室を入るとカウンターがあって、まるで役所のようだが、カウンター上には堅牢な金属ケースが5つ置かれていた。
ケースを開けると中に水晶装置と辞書サイズの取扱説明書が入っている。
「これは…」
係わってはいけない。
きっとブラックな生活が始まってしまう。
そう直感した私は事務室を出て、階段を降り、建物の外に出た。
深呼吸のあと職員入口のセキュリティーをロックしてナカヤマ商会ビルに戻った。
オリビアからの情報でも、この都市には代官はいない。
このヒョウゴと呼ばれる地方は、現在の中国でいえば南京市のやや北側に位置している。
住民は元々帝国領にいた原住民だったのだが、東はセントラルから、南はキューブから来たという人達から暴力で脅され、追い出されたのだ。
そんなお花畑の人達には神を信じる人が多く、お告げの夢を見て西に逃げて来たそうだ。
来たばかりの時は、作物が育つまでの間、荊州や豫州などに食べ物を買いに行かなくてはならなかったのだが、足元を見られ、質の悪い野菜を高く買わされるばかり。
彼らには『困ったときはお互いさま』は通用せず、困った顔をすればするほど取引条件は悪くなった。
それを見かねた気のいい老婆が、この地の交渉術を助言してくれ、しかも、必要な野菜を集めてくれた。
それが教会のシスターだったのだ。
何とか歯を食いしばり、自らの手で野菜を育て、追い出された村へ行き、肉と物々交換をするまでに図太くなった彼らが、よそ者を簡単に中に入れる事はなくなった。
神が用意した都市は他にも東にキョウトがあり、キョウトの北側に巨大な湖があるらしい。
キョウトの南西にはオオサカ、更に南、大陸の南端にワカヤマがあるそうだ。
もちろんその先は海だ。
興味深いのは、キョウトから帝国には行き来できるのだが、オオサカの東側からは森林があって、帝国には抜けられないらしい。
この森は、どうやっても元の位置に戻ってしまう『魔境の森』と呼ばれている。
ワカヤマは海辺の村で、その東側は断崖絶壁だそうだが、下から吹き上げる風で崖にはなかなか近づけないらしい。
つまり、島を寄せ集めて大陸が出来た時の不完全な接合部分は、越える事は出来ないのだろう。
そうとしか思えない。
結果的に共和国南部へ約1週間で到着した。
しかし、ヒョウゴのナカヤマ氏の話では、帝国から見た農業国はキンキ地方の事ではないだろうという。
キンキ地方は排他的な民族であり貿易は苦手なのだそうだ。
確かに、天候不順なのは共和国中南部の荊州と益州だろう。だが荊州から帝国と交易するには距離が遠すぎるのだ。
ナカヤマ氏は、少し考えてから
ナカヤマ「もしかすると徐州かも知れませんね。彼らは小さい船を使いますから…」
なるほど、この湖は外海とは違ってあまり波が立たない。
風向きによれば、野菜などの輸送には陸送よりも適しているかも知れない。
だが帝国との貿易品は湖に面したサンフランシスコには運ばれず、地続きのロサンゼルスに運ばれているのだ。
まだまだ分からない事は多い。
装甲戦闘車及び移動販売車に対する警備が煩わしいため、早めに拠点作りがしたい。
恐らく私の知る建業が、キョウトなのだろう。
だとしたら、南東方向のキョウトへは行かず、まっすぐに東に進路を取り、湖が利用できる場所に拠点を作ろうと思う。
早速、ヒョウゴの中を偵察に行っている者達を呼び戻し出発する事にした。
朝10時、防壁の東門から出て、キョウトへ行く街道にはそれなりに往来する馬車がいる。
途中までは同じ道だが、途中で徐州へ行く北方向の道があり、そちらに抜ける。
1時に分岐したあと、夜6時にキョウトと徐州とヒョウゴの中間の場所に到着した。
この辺りは湖に近くて土地の高低差はほとんどない。
だだっ広い草原に車を停めて、ここを拠点と定めた。
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