第104話 太原の元冒険者
小さなテーブルの横に寸胴の皮袋を置いた。
これが当時の背負い袋なのか…中から、何やら取り出す店主。
店主「まず、これだ。何だか分かるか?」
方位磁石?という事は、この惑星でも地磁気があるって事か…
「何これ」
店主「昔、ホクヘイにダンジョンが発見された時に、出て来たお宝だよ。この赤い針はいつも北側を指すのさ。」
「で?」
店主「あっ、そうだな。そしてこれが地図だ。この書いてある印と針を合わせれば、どっちに行けばいいのかが分かる。まー適当ではあるが大体は合ってる。」
「ひあー。色々書き込んであるねー。この印は食べ物屋さんで、これは宿屋かな?」
店主「そうだ。…と言っても子供が出来る前だから、もう7年も前の物さ。今じゃやってかどうか、怪しいけどな。」
「へえー。他にはどんな物があるの?」
その他、役に立ちそうな塗り薬や傷薬を教えてもらって30分ほど話をした。
「おじさん、もうこれ使わないなら袋ごと一式売ってよ。」
店主「えー?構わねぇけど、こんなもんでいいのか?」
「ははは。これ持ってたら、ベテランに見えるでしょ?」
店主「はは。そういう事か…だったら銀貨5枚でいい。ついでに薬も持って来てやる。」
「ありがとう。」
何か引っ掛かっている…宿代の銅貨拒否の件だ。
「おじさん、それと宿代は銅貨お断りって言ってたけど、どうして?」
店主「どうしてって、まー子供だから知らないだろうけど…。」
おじさんの話では、そもそも金貨と銀貨はダンジョンから出てくるそうだ。
このダンジョン産の金貨や銀貨は、劣化しない、摩耗しない物だ。
だが、銅貨や鉄貨はダンジョンからは出た事がない。
だから、特に消耗の激しい銅貨や鉄貨を、各国は造幣するか他国から買うという事が行なわれている。
つまり金貨や銀貨は世界共通だが、銅貨や鉄貨はその国の価値によって交換レートが異なるのだ。
「じゃ、銀貨はこの国の銅貨で何枚?」
店主「やっぱり銅貨の価値を知らなかったんだな。この国じゃ銅貨20枚で銀貨1枚だ。交換レートは、冒険者ギルドで教えてくれるし、交換もできる。」
店主によると、少し前にホクヘイにダンジョンが発見されたと聞き、みんなホクヘイに行きダンジョンに入っていったそうだ。
それで一気にホクヘイは面積が大きくなったらしい。
政府の人が来て管理が始まると自由に入れなくなると、皆が知っている。
案の定、政府の管理が始まる頃には、最下層の地下5階フロアーは既に踏破されて、何も残って無かったそうだ。
だから今、『ホクヘイには何もない』と言われている。
荷馬車も同じで、下手に転倒すると、落ちた物は勝手に拾われて持ち去られてしまう。
落ちていた物は拾った人の物になる。
それがこの国の慣習だからだ。
早いもの勝ち。そんな国民性だそうだ。
そして店主が教えてくれた最も重要な情報、それは『最も凶悪な連中は役人だ』という事だった。
だけどひとつ救いがあって、『冒険者は世界的な組織の一員』という事実だ。
以前に冒険者に罪を擦り付け、連れの女性を奴隷にした幹部役人が、冒険者ギルドの報復によって、本人だけでなく、協力した者、黙認した者まで全て、派遣された凄腕冒険者に切り殺されたそうだ。
だが、この事件は無かった事にされているそうだ。
店主「この国は口ほどに強くは無い。武力を見せられれば役人ほど真っ先に逃げる。」
翌朝、店主の娘を見かけた。
肩から下げる小さなポーチをシリコーン樹脂で作り、アイから娘さんにプレゼントした。
一番うれしそうだったのは店主だった。
宿を出て、装甲車の偽装網をしまって、コンパスと地図を頼りにチョウアンを目指す。
約400kmだが、見つからないように田舎道や低地を走る。
平均速度は30kmも出ていないだろう。
陽は暮れたのだが、ライトの魔法は使えない。
一旦、装甲車を停めて全方位を観察すると、首都の明かりが遠めに見える。
さすがに城壁が有るが、緊張感があるようには見えない。
太原の店主の地図を参考に街中に入るが、検問さえ無い。
つまり、この国の役人は巡視によって小遣いを稼ぐのだろう。
でも冒険者には、なるべく関わらない。
そんな感じだろうか。
地図に書いてある宿屋があった。
中に入ってみる。
「すみません。宿屋、やってますか?」
店員「ん?やってると言えばやってるけど…君達冒険者かな?」
「はい。太原のおじさんの地図を見て、ここへ来たんですけど…」
店員「それを見せてくれるかな?」
「はい。」
羊皮紙でできた手書きの地図を渡すと、奥にいたおばさんが出てきた。
おばさん「私にも見せてくれる。へえー、懐かしいわねー。」
「えっ、おばさんこの地図、知ってるんですか?」
おばさん「ええ、主人が冒険者をしている時によく見ていたわ。じゃ、あなたはコールのお知り合いか何か?」
「いいえ、コールさんというお名前も知りませんでした。でも冒険者の心得とか言って、色々教えてもらったんです。」
おばさん「あの人らしいわね。本当の名前は『コールドウェル』か『コールドウィル』とか言っていたけど、自分の名前が気にいらないとか言って、あまり人に教えたがらないのよ。」
おばさん「それだと不便だからって言うと、呼ぶなら『コールと呼べ』となったのよ。」
おばさん「私の主人は、コールと二人で冒険者をしてて、良くこの宿に来ていたのよ。私も冒険者に憧れて…まあ、そんな話はいいわね。」
おばさん「泊まって行くんでしょ?ただ、あまりいい食事は出せないのよ。それで良ければ1泊銀貨1枚でいいわよ。」
「じゃーとりあえず1泊。はい。銀貨1枚。」
少し宿泊費は高いが、中級宿で湯あみもできるらしい。
確かに質素な食事ではあったが、ベッドや洗面設備など、それ相応の宿だ。
1Fの食事場所は個室になっていて、あの店員さんは料理人だった。
食事後の片付けをアイが手伝うと、気を良くした店員さんが聞きたい事があったら教えてあげると言ってきた。
「(アイ、彼にこの国の衣食住と都市について聞いて)」
アイ「私達ホクヘイに行ったんですけど、途中の人にホクヘイは何もないって言われたんですけど…」
店員「あーホクヘイと言うより、城壁が無い都市では、畑は簡単に荒らされちゃうから、貧しいんだ。その代わり支配者はいなし、税もない。」
店員「城壁のある5大都市は、城壁の中で農業ができる代わりに、支配者に税を納めなきゃならない。支配者は時々変わるけど、私達は気にしてないし気にしても仕方ない。嫌ならそこを出て行けばいいだけさ。」
アイ「支配者ってどんな人なんですか?」
店員「そうだなー、豪族とか言われている力のある人が、この5大都市を治めたいみたいだ。その代わりたくさんの家来と、たくさんの武器がいる。ほとんどの人が地方で大きな集団になってからやって来る。負けて帰っちゃう豪族もいるよ。」
アイ「そんなに大勢の人が来たら、食べ物が無くなっちゃうね。」
店員「そうなんだ。だから途中の村で食糧を強奪する。だから農民は自分達が食べられる分しか作らないし、作れなくなったら、どこかに行っちゃう。ここでは、農民も商人も自分の事は自分で守らないといけないんだ。」
アイ「大統領って5大都市の親玉?」
店員「いや、何の関係もない。ただフリアノン様の旦那様だから、『大統領』ってそういう意味かなと思ってた。青瓦台という屋敷も神様が住む家の名前だと思うんだけど…違うのかな?」
アイ「大統領とか青瓦台とか言う意味が、神様と関係あるなんて言ったら、バチが当たる気がする。」
店員「うん。バチはもう当たってる。」
アイ「どういう意味?」
店員「フリアノン様に逃げられて、また連れ戻して来たらしいけど、チョウアンは珍しいほど不作続きだし、天気もずっと良くない。だから食べ物が取れないんだ。」
店員「旦那さんがセイトに行ったのも、向こうの状況を見るためだよ。もうここはダメだね。」
アイ「どうもご親切にありがとうございました。」
では、今夜決行しよう。
お読み頂き、ありがとうございます。




