第1話 カールラングリッジ
総合家電メーカーの技術担当が異世界へ…生産職として大成してハッピーエンドを目指す物語です。暇つぶしにどうぞ!
「ふぁーーー」
もう限界だな…さっきからあくびが止まらない。
一度まぶたを閉じると、あっと言う間に 2、3分は経ってしまう。
自宅勤務なので、椅子のすぐ後ろにベッドを置いている。
「もう寝よう!」
・・・・
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翌朝、目を覚ましたのだが、頭痛がひどい。
体も節々が痛い…
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なぜか、部屋の匂いが違う…、ベッドから起き上がったのだが、なぜか小さくなった自分の体…。
同じ配置だけど木製の四角い机と椅子?…クッションがほぼ無いベッド…。
いやいやいや…神様にもお会いしてないんですけど?…
頭痛が少しずつ良くなってくると共に、神山武志…43歳バツイチの記憶が遠くなり、まるでそれが夢だったように思えてくる……
私の名前は…そう!『カール・ラングリッジ』もうすぐ5歳になる。
でももうラングリッジ姓は使っていない。
部屋のドアが開いて、誰かが入ってきた。
「カール!どうしたんだ。クリフが一度、起こしたと言っていたのに、まだ寝てたのか」
そう言って、ベッドに近づいて来たのは、父、ビリーだった。
私はその父に顔を向ける
「頭が痛くて…」
すると父は驚いた表情で
「おい!耳から血が出てるじゃないか! エルマ! エルマ!!」
父は、母の名前を叫びながら、慌てて部屋を出て行ってしまった。
そのあと、荷車に乗せられた私は、病院とは全く異なる『教会』に運ばれていた…。
どうやら、治療は終わったらしい。
耳から血が出ていたが出血量も少なく、朝起こしに来た兄のクリフ(10歳)が暴力を振るった訳でも無かった。
クリフは父ビリーのような、グランデ王国の北方守備隊の兵士にあこがれていて、10歳になって見習い兵士として訓練にも参加しているらしい。
その時の守備隊の訓練で受けた、『起きない奴はお腹を1発殴る』という起こし方を、弟である私にしたようだ。
しかし、神官が言うには『そんな事で耳から血が出たなど聞いた事がない』という事で、2日ほどは教会で様子を見るからと言われ家族は帰ったそうだ。
気が付いた時には周囲には誰もいなかった。
とにかく、色々な情報が頭に入って来ていて、神山武志の記憶と知識、カールの記憶と知識がせめぎ合っているみたいだ…。
頭が痛い事以外は体に異常はなくて、サイズの小さいカールの体からは
『ぐーー』
という空腹の音が出てきた。
すぐそばで、書き物をしていた神官の女性が、
「お腹が空いて、目が覚めたのですね。」
そういって、石ころのような硬いパンと、少しの野菜が入ったスープを出してくれた。
起き上がって、木のプレートにあるパンをスープに浸して食べる。
石ころパンの中は柔らかい。
神官の人に何と言えばいいのか分からないので、カールの記憶を探る…。とりあえず…
「ありがとう…」
そう言って、再びベッドで横になった。
ひとまず、頭痛のするカールの記憶から、生活習慣としての話し方や、過去の記憶を探っておこう。
不自然な言動をしないように…。
----- 神界 ------
そのころ、神界は少しもめていた。
男神は怒っていた。
「いったいどういう事だよ! できます詐欺じゃないのか?」
部下の女神は言い訳に必死だ。
「違います!『転生者』の受け入れは、今やどこでもやってるし、誰でもできるって聞いたんです!」
「『何が簡単です』だよ!いきなり死にそうになってるじゃないか!」
「おかしいですよー。人間の脳なんて10%しか使ってないって言われてるんですから、子供の脳でも大丈夫なはずです…」
とぼける女神に更に指摘をする。
「そもそも、割り当てられた魂を廃棄して、勝手に違う魂を持ち帰るなんて泥棒だぞ!」
「だって、割り当てされた魂は『63歳の医師』という立派なデータだったのに、なんかすごくいや~な感じがしたんです。」
「どういう事だよ?」
「なんて言うか、すごくスケベな感じがしたので途中で捨てて、改めて、そ~と地球に行って、キラッと光る魂が浮かんできた所をさっとすくって来たんですよ。むしろ褒めてほしいくらいです。」
少し落ち着いてきた男神だが…
「63歳にしてお前が感じるほどのスケベ爺さんか~…それはそれで子孫をたくさん残し、発展に寄与するとは思うがな…。それにしても、才能あふれる者の潜在能力も含めて全部を子供に移したんだろー?だから過剰だったんじゃないのか?」
「でもー」
「なにが『でも』だよ!能無し! 明日、5歳になったらきっと教会の水晶装置で加護を調べるだろうから、その時にでも彼の潜在能力を『加護』という形に圧縮しておけ。これから知識が増えるだろうから、要らない過去の記憶は消して領域を空けておけよ!もしなんかあったらお前のせいだからな!!」
「わかりましたよ…」
----- 人間界では -----
夜になり、目が覚めた。
カールの記憶と知識。それはごく普通のものだ。
祖父:アルバート・ラングリッジ。
今は無い北の国の元騎士団副長。
魔物が北の森からあふれ出て、都市を飲み込んだそうだ。
子供(父)を連れて南に逃れてきた移民1世。既に死去。
父:ビリー。
移民2世。
祖父が国境線で魔物の侵入阻止に活躍したため、親子共々移民として市民権を得た。
祖父は活躍の結果、グランデ王国の北方守備隊に採用が決まり、祖父の死後、同じ役職に父は就職できた。
国家公務員みたいな地位なので教会の治療も無料だそうだ。
母:エルマ。
地元グランデ王国フェドラ町にある武器屋の娘。
活躍した祖父のファンだったそうだ。
長男:クリフ。
父と同じ守備隊兵士を夢見る純粋な10歳の男の子。
若干脳筋ぎみ。
だが、私には忘れつつある大人の記憶もある。
祖父の名は神山安治郎:
この祖父は、夢で『海の向こうからやってくる蛮族から国を守れ』と言われ都会から山奥に来た変わり者。
見るからに都会のひょろっとしたハンサムな男だったそうだが、神社の一人娘だった祖母が祖父に惚れて結婚し、祖父は山奥の集落に根付いた。
日本海側への道さえ無い山の頂上付近に住まう集落。
不思議な一族であった。
父の名は神山武治。
山奥の集落から都会に出て来たイケメンだけが取り柄の6男、器用貧乏。
大工仕事だろうと家電の修理だろうと、すぐに何でもこなしてしまう父であったが、恋愛は苦手だったそうだ。
祖母に似た巫女姿の母とお見合い結婚したが、巫女は単なるアルバイトであった。
神山武志:
エンジニア。43歳。バツイチ。
結婚できない男が周囲に大勢居たため『2回も結婚できたラッキーな男』などと言う奴もいたが、幸せなら1回で十分だったはずだ。
私には子供はいないが、再婚した妻には中学に入ったばかりの娘がいた。
この娘の父親はプー太郎だが存命だったため、自分が父親というのは不自然なので『おじさん』と呼ばれていた。
この娘と二人で歩いている時に、不意に犬に吠えられて、驚いた娘が私と手をつなぎに来て、うれしく思ったのがきっかけで、仲良くなった。
私が神山一族の事を思い出していたこの頃、女神は神山の意識を共有していたため、今回の失敗の原因を知る事ができた。
女神「なるほど…この人の一族は、神から神託を得ていたから色々な潜在能力を持っていたのね…」
お読み頂き、ありがとうございます。