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作者: バルサン


ジリリリリリリ。


大嫌いな音が耳の中に入ってくる。さっきも聞いた気が

するな。と思いながら止めると、どうやらこれが3回目

らしい。キスが止まらない瞼をゴシゴシ擦って、冷たい

水を顔で受け止め、カフェインを注射した。


うるさいくらいに甲高い声のアナウンサーが星座占いを

している。どうやら僕の星座が今月ナンバーワン

らしい。「なにもかもがうまくいきます!人生薔薇色

ですね!」なんておだてていた。過去最高の罵倒に

聞こえる。


運命なんて信じてないし、信じるものじゃないし、

信じられるものじゃないことはずっと前から思って

いた。相手の為を思って察して動いて察して聞いて

察して話して…なんて、友達でも恋人でもないただの

執事の仕事だ。そういうのが嫌で、恋人ができても

すぐに別れることが多かった。どんなに可愛い子と

付き合っても、そういうことをしていると全然心が

満たされなくて、むしろ寂しさが増した。でも、

そんな寂しさを埋める人が現れてくれたんだ。


そんな素敵な彼女に僕は、昨日別れを告げられた。



「…よし、忘れ物なし!荷物オッケ〜」


そう言いながら、彼女はポスンと少し大きめな

リュックを置いた。疲れからくる溜め息を吐きながら、

僕のベッドにボフッと座った。いつも通りの景色だ。

親が共働きで家にいることが少ない僕の家に、彼女が

泊まりにきて、最終日に荷物をまとめる。彼女は

木曜になると僕の家に来る。初めての時もそうだった。

「夜の景色好きなんだよね」そう言う彼女の横顔が

妙に印象に残ったので、僕らは10時くらいまで都会の

街をブラついた。流石にこれ以上いたら明日に響くと

思ったので、「そろそろ帰らないとじゃない?」と

彼女の顔を覗いた。そうしたら、「泊まらせて

くれない?今日。…できれば明日も」って、どこか

寂しげな目で言ってきたから、このまま消えて

しまいそうな声で言うから、僕はキュっと手を握って

「行こう」と僕の最寄り駅まで彼女と電車に揺られた。

電車の中はラッシュなのか満員で、意味もなく呼吸の

音を潜めてしまうのはなんでだろうと考えながら、

タラララランタラランタララララという発車ベルを

耳に流した。僕らは何故か一言も発しないまま

揺られ続けた。


「こっち初めてきたよ。都会なのに結構静かなんだね」

暗くてよく見えなかったけど、また悲しそうな顔を

していた気がした。そのまま僕の家に2日泊まったけど、

なんで家に帰らないの?とか、親には何か言ったの?

とかは聞かなかった。言いたくなったら彼女から

言ってくると思ったし、なにより聞きたく

なかったんだ。聞いたら、帰ってしまいそうな気が

したから。


そんな懐かしい思い出を脳みその宝箱の中にしまって、

プラプラと足を揺らす彼女を見た。


「あ、雨降ってるじゃん!」


パッと窓の外に視線を移す。彼女の言う通り、

パラパラと窓にぶつかりながら雨が降ってきていた。

「傘持ってく?」と僕。「ううん、そんな強くない

から良いよ」と、僕の優しさを振り払う彼女。


「そろそろ行こうかな」


「そっか、気を付けてね」


「…ねぇ?」


「ん?」


「…今日、駅まで送ってくれない?」


「どうしたの急に」


「だめ?」


「…いや、ダメじゃないけどさ」


こういうときの彼女の目は、聞いちゃいけない目を

しているときが多い。あのときもそう。聞いちゃ

ダメだよ。って、言われてる気がして、聞かないように

した。凄く気になるけど、やっぱり僕は口を紡ぐ。


「あはは、雨に打たれるのなんて久し振り!

 そう思わない?」


「そうだね」


「ねぇ、走ろ」


「どこまで?」


「どこまでもー!」


花のような笑い声を僕の耳に残して、彼女は笑顔で

走っていった。長い黒髪が濡れて光を放っている。

太陽みたいに笑う君は、どこにいてもすぐ

見つけられそうだよ。僕も走った。ゴールのない

かけっこ。彼女は一体どこまで行くのだろう。

「競争しよう」とは言ってなかったので、僕は

彼女を追い越さないようにしながら追いかけた。

駅に近づくと、母がよく聞いていたラブソングが

流れていた。たしか、どうしてもその女の子と

付き合いたかった男が、彼氏持ちの女の子にセフレに

なろうと誘う…そんな歌だった。


「ハァ、ハァ〜!!もう無理!!見てよ!汗か雨かもう

 わかんないくらいビチャビチャ」


「さっきよりもだいぶ降ってるよ?傘持ってきたから、

 さそうよ。風邪ひくから」


「ん〜…やだ!」


清々しく笑う彼女を見て、僕は諦めて自分だけ傘を

さした。傍から見れば、彼女を傘の中に入れない最低な

彼氏だろうが、僕は彼女の意見を尊重した上でこうして

いるわけで、誰にも咎められるべきではないと

思ってる。事実だし。


それにしても、なんで今日に限って彼女はこんなにも

元気なんだろう。雨の日は全体的に暗い空気が周りを

包んで、雨が嫌いでなくてもなんとなく沈んだ気持ちに

なるのに、彼女は晴れの日のように眩しい笑顔を顔に

張り付けている。傘もささずに、僕の前を歩く。

ビショビショに濡れながら、彼女は駅を通り越して、

走ってどこかへ行ってしまいそうだ。


駅のホームに駆け込んだ彼女は、笑いながら

グショグショのスカートを絞った。「雑巾みたいで

なんか嫌だな〜」傘をさしたがらなかった君が

そんなこと言えないよ。


「あーあ!…最後かぁ」


「なにが?雨に濡れるのが?」


「それはこれからも続けるよ!」


続けないでほしい。


「じゃあ何が最後なの?」


「……ごめん!!私、結婚するの」


「…え?」


彼女は何を言ってるんだろう。僕と彼女は大学一年生。

18歳だ。いや、別に、ない話ではない。早くに結婚する

人はいるし、なんなら14歳で結婚することだってある。

だけど、こんなに身近な人に、しかも彼女に言われる

なんて思わないじゃないか。だって君は、頼りない

だろうけど僕という恋人がいて、少なくとも幸せな

生活を過ごしてきたと思ってたんだけど、君はそう

思ってなかったのかな。


「何か不満があるの?」


「ううん、ないよ」


「飽きた?」


「ううん、全然?」


「嫌いになった?」


「全〜然違う!!離れたくないよ、私だって」


そんなこと言われても、君があからさまに明るく言う

から僕に非があると思うに決まってるじゃないか。

僕が何かしたから開き直ってふんぞり返っているのかな

って思だうに決まってるじゃないか。それに、何かしら

相手に不満を持っているからカップルっていうのは

別れるんだろう?


「じゃあなんで……」


情けない声が出た。雨に打たれといて本当によかった。


「…私さ、すっごいお金持ちなの。お父さん政治家でさ

 家もでっかくて、ご飯もおしゃれなのばっかりで、

 服もたくさんあるの。犬も猫も鳥もいっぱいいて、

 使用人も凄い優しい。でも、私には荷が重かった。

 みんなの期待に応えることがすごい辛かった。誰も

 そんなこと言わないってわかってるけど、お金持ちだ

 ってわかる苗字を背負う覚悟が私にはなかったの。

 だって、だってみんな私に優しいの!!私なんにも

 してないのに、みんな優しい…!そんなのさ、変な

 期待されてるなってわかっちゃうじゃん…友達の

 誕生日が来るのが怖かった。期待に応えられない

 ような物だったらどうしようって、もっと高い方が

 良いかなぁって、どんどんどんどん出費が大きく

 なった…!!それで気づいたの。みんな私を

 見てるんじゃなくて私の後ろにある大きな家と

 お金を見てるんだって!もう誰も信じれなくなった。

 信じたくなくなった。学校なんて潰れれば良いって

 思った。でもそんなこと親が許してくれるはずが

 なかったから頑張って受験したの。本当はもっと

 上の大学に行かなきゃだったけど、もう何もしたく

 なかったから適当な大学に入った。そうしたら、

 案の定変な男たちがたくさん近づいて来て、

 気持ち悪かったから叩いたら逆ギレしてきて

 押し倒されて…もうダメ!って思ったところに……

 来てくれたんだよね」


たくさん話してたくさん叫んで、わかりやすくたくさん

涙を流して、潰れてしまいそうな瞳を僕に向けた。

元気だった彼女の面影は、もうとっくのとうに

消えていて、全くの別人がそこにいた。こんなに感情が

荒ぶっている姿は初めてみた。なんだか、怒り、

っていう感情が初めて湧いてきて、それに戸惑い

ながらも爆発してしまっているような、そんな話口調

だった。


今までこんな彼女を見れなかったのは、きっと僕に

責任がある。彼女の本性を曝け出してあげられ

なかった。曝け出してもらえなかった。本性を

隠さなければやっていけないような関係だったって

ことだ。それを彼女は見抜いていて、きっとこの選択を

選んだんだ。情けない。彼女のことは分かりきって

いると思っていた。でも、そんなのただの

独りよがりで、本当は何もわかってあげられて

いなかった。


「…あのときはビックリしたよ。だって、ヒーローが

 助けに来てくれた!って思ってたのに、ヒーロー

 とは打って変わってヒョロヒョロな男が来たんだ

 もん。このままどっかに逃げて行っちゃうん

 だろうなぁ、この光景を忘れられなくなるん

 だろうな〜って心配になっちゃった。自分が一番

 ピンチなのに、他人の心配してたんだよね。

 そしたらさ、落ちてたガラスの破片を持ってこっちに

 走ってきてさぁ、変な男たちめっちゃくちゃ

 パニックになって走ってって、つい笑っちゃったよ。

 だって、緊張感のかけらもなかったんだもん!」


「ガラスのかけらは落ちてたけどね」


「そうそう、それも相まって本当に面白くて、、

 ……ありがとうね、助けてくれて」


嗚呼、お願いだからそんな悲しそうな目をしないで

くれよ。憐れむような顔で見ないでくれよ。そんな

言葉を言われたら、“元カノとの思い出”として、

これまでの2年間を簡単に流せなくなる。どうせなら、

嫌いになって欲しかった。僕に非があれば良かった。

君が僕を嫌ってくれたら、僕が最低なやつで

終わらせられたのに。君が罪悪感を感じることは

なかったのに。申し訳ない。君がそんな反省の目を

することがあるなんて思わなかった。


「……結婚相手はどんな人なの?」


「…知らない。会ったことないもん。わかる?なんで

 いつも木曜と金曜に貴方の家に駆け込んだのか」


「お見合いがあったんでしょ?その人と。それか、

 家族絡みのイベント」


「大当たり。流石だね。そう、その両方とも。毎週

 木曜は親戚を集めたお茶会。金曜はお見合い。

 もううんざりだった。ただでさえお茶会の居心地が

 最悪なのに、その翌日に知らない男とお見合い

 なんてやってられないって思って、前日に貴方の

 家に転がり込んだの。ごめんね」


「全然。むしろ、嬉しかったよ。君の逃げ場所に

 なれて」


「…ホント、お人好しだね」


太陽みたいな君の顔が、少し曇りがかって、暗く

なった。太陽が落ちてきた。もうすぐ電車が来る。

別れが近づいてくるのを至極丁寧に表す君の表情。

感情丸出しの君の顔を見るのはとても楽しかった。

そんな些細なことも伝えられない臆病な僕は、君の

言葉に曖昧に頷くしかできなかった。


「…えへへ。なんか、どうせこうなるってわかってた

 のに無駄に抗ったのが不思議だよ。もうどうにも

 ならないのに」


「わからないよ」


「え?」


「このルートが失敗しただけで、他のルートなら

 成功して、君と駆け落ちできたかも。このルートの

 僕は不甲斐ない馬鹿だったんだ」


「やめてよ。他のルートなんてないんだから。過去に

 戻れないんだから、そんなもしもなんか

 考えないで、お願い」


キュッと引き締められた瞳が苦手なことを知っている

君は、少し威圧するように語尾を強めて言った。僕は

「ごめん」とだけ言って、君が次に口を開くのを

待ったが、君が口を開くよりも先に、電車が来た。

君は無言で俯いていた。どうしようもなく

抱き締めたくなった。


「それじゃ…もう行くね」


「うん」


「……」


気まずそうに電車に乗り込む君の背中を見ながら

「愛なんてわからなかったよ」と小さく呟いた。

君には聞こえていないようで安心した。きっと今の

僕の背中は、駅にいる誰よりも小さくて頼りなくて、

丸まっているに違いない。


扉のすぐ真横に立った君は、ホームの黄色い線

ギリギリに立つ僕に向かって言った。


「結局さ、私たちこうなることは決まってたんだよ。

 だから、そんな思い詰めた顔しないで?最後は、

 笑って見送ってよ。…もう会えないだろうけど、

 またね。って、言ってくれない?」


「わかった」


「ありがとう。…もう私のことなんか忘れてね。今日

 だけでいいよ。今日で終わり。私のことなんかで

 悩んでもさ…」


何かを言い終わる前に、アナウンスで

《ドアが閉まります》と鳴り響いた。扉が閉まり始める

直前で、僕は「またね」と言った。自分がどんな顔を

しているかはわからなかった。不思議と涙は

出なかった。


「私たちは!!」扉が閉まる直前に君は言った。

そのあと、わざわざ大きく口を開いてう、ん、え、い。

って、形を作った。何を表しているのかは

わからなかった。けど、君の瞳は潤んでるように

見えた。気のせいかもしれない。


外が寒いせいで結露が現れて、電車の中はすぐ曇った。

君の顔はもう見えなくなった。電車が動き出す。もう

会えないのに、もうこれで終わりなのに、不思議と

追いかける気にはならなかった。


君の乗った電車がホームから完全に消え去った時、

遅すぎる涙が出た。静かなホームに響く鼻を啜る音と、

堪えたが漏れ出す嗚咽。ああ、もう戻れないんだ。

そう悟ってしまった。わかってしまった。

理解してしまった。視界が霞んでよく見えない。

曇って見える。


「大好きだった…愛してたっ…!君以外何も

 いらなかった何も必要なかった、君が側にいてくれ

 さえいれば僕は…!!……幸せだったんだ…」


もう君には届かない。純粋な本心をやっと口に

出せても、伝えたい相手がいないんじゃあ意味なんか

ない。奇怪な目を向けられながら、僕はその場に

立ち尽くした。


次の電車がやってくる前に、ゾロゾロと列が作り

出された。僕がどうやら邪魔みたい。どつかれる前に

出よう。階段を登って、改札を抜けて、屋根のない

道に出た。雨は降っていなかった。でも、僕の体は

先程の雨で濡れている。乾いた道路を歩いているのに

びしょ濡れな僕は好奇な目で見られた。僕が主人公

だったら、今頃嵐が吹き荒れているのに、空は

うんざりするほど晴れていた。



ゴン。


頭に衝撃が走った。目を開けると視界が真っ暗だった。

体を起こすと、視線の先には茶色い板…テーブルが

あった。僕の家のものだ。思い出しているうちに

寝たらしい。顔がヒリヒリする。顔を洗いに洗面所に

行くと、左頬と左目が赤く染まっていた。僕は夢の中

でも彼女に未練があるのか。なんだかひどく虚しく

なった。


でももういいんだ。もう彼女のために木・金・土の

用事をずらすこともないし、潰されることもない。

わがままに振り回されることもないし、雨の中

ずぶ濡れになることもない。だって、

もう終わったんだから。


外はあの日と同じくカラッと晴れていた。でも

あのときと違って忌々しく感じない。それどころか

さわやかにさえ感じる。僕は新しい日常を

始めなければならないんだ。そう思ったら、心が

スッと軽くなった。どこまでも飛んでいきそうな

気さえした。待ちきれなくて勢いよく外に出ると、

肌が焼ける感触がした。夏だ。夏なんだまだ。僕の

夏は終わっていないんだ。


外では犬の散歩をしているおばさんだったり、

トボトボ歩くおじいちゃんだったり、庭でプールを

やる子供だったりサッカーをする学生だったり…

みんな今だけの夏を心の底から楽しんでいた。僕も

混ざりたい。僕も夏を楽しみたい。武者振るいが

して当てもなく駆け出した。走っても走っても足を

止めなかった。これがランナーズ・ハイってやつ

なのか。止まろうとすら思えない。もはや止まれる

気がしない。ああ、もうどこまでも走ってやろう。


そう思った瞬間。ポっと、水が垂れてきた。


「なんだよ…やっぱり晴れてないじゃん」

気づいた人も多いかもしれませんが、これはKing Gnuの

曲である『傘』を私なりに解釈し、物語に

起こしたものです。

そのため解釈違いなどがあるかもしれませんが、

「こういう考え方もある」と、寛大な心で

受け止めていただけると幸いです。

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