夏の一頁
どぉーん・・・ぱぱぱぱぱ・・・どぉーん・・・。
闇夜に弾ける、色とりどりの光の花。
少し遅れて破裂音。
お、今年も始まったか。
―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―
俺の住む地域では、毎年夏に大規模な夏祭りが行われる。
メジャーかどうか微妙なラインの芸人のお笑いライブ、地域のパフォーマンスサークルの催し物、にぎやかな屋台街。
そして、こいつが一番盛り上がるのではないかと思われる、大花火大会。
総打上げ数一万発だと言うのだから、見物に来る客も当然多い。
昼間から場所取りをしている人間を、大勢見かける。
既に会場は、大勢の客に埋めつくされていた。
・・・え?俺は何してるかって?
自宅にいるに決まっているだろうが。
この歳になって、あんな人混みの中に入っていく体力なんざ、持ち合わせていない。
いやもっと率直に言うなれば、面倒くさい。
ベランダに出るのがやっとだ。
かららら
軽い音を立てて、網戸が開く。
うー。夜になっても蒸し暑い。
我が家は、ここからでも花火が見れるのがめっけもので、即買いした物件だ。
ただ・・・
この時期になると、必ずと言っていいほど思い出す子がいる。
もう何年になるんだろう。数えるのも面倒くさい。
―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―
小学校6年生の時、俺は憧れだった女の子を夏祭りに誘った。
俺的には、紐無しバンジ―ジャンプをするような心境だったが・・・驚いた事に、彼女はOKしてくれたのだった。
当日。
俺はそれなりに見られる格好をして、神社の鳥居の下で待っていた。
・・・ほとんどいつもの格好と変わらなかったが、そんなもんは気持ちの問題だ。
神社の境内から漂ってくる、焼きソバソースの甘い香りが鼻孔をくすぐる。
うー。腹減ったぁ・・・。
「お待たせ」
来た。
彼女の声に、俺は顔を上げた。
そして、彼女の姿に目を見張る。
うわぁ・・・浴衣姿だよ・・・。
結い上げた髪の毛が少し湿っているのは、お風呂にでも入ってきたのだろう。
一気に胸がドキドキし始めた。
「どう?おばあちゃんが縫ってくれたの。今日できたばかりなんだよ」
モデルのように、くるりとその場で一回り。
"あ、うん。いいね・・・"
そう言うのがやっとだった。
見とれてたんだよ、すんげぇ可愛いんだよ、こんちくしょー!
"暗いから気を付けろよ"
そう言って、俺は彼女をエスコートする。
彼女も慣れない浴衣と下駄に、四苦八苦しているようだ。
いつもより多くの時間をかけて石段を登り、屋台街にたどり着いた。
真ん中の大通りを挟む形で連立する屋台に、お囃子の音。
そして、大勢の人達が押し合いへし合いしている。
"はぐれんなよ"
俺はそう言うと、彼女の返事を待たずに手を取った。
一瞬彼女驚いたようだったが・・・振り払う事はしなかった。
射的で俺が人形を手に入れて彼女が「すごいすごい!」と手を叩き、金魚すくいに夢中になっている彼女を、俺がハラハラとしながら見守り・・・。
おいおい、袖が濡れてんぞ。
そんなに乱暴に使うと、すぐに網が破けるから。
てか、そんなに前のめりになると、水槽に落ちるから!
普段の大人しい彼女からは考えられない程のはしゃぎっぷりだった。
「きゃ!」
やはり前のめりになりすぎたのだろう。
彼女が水槽にダイブしそうになっていた。
あああああっ!
すんでの所で彼女の肩をつかみ、何とか水槽ダイブは免れたのだった・・・。
"気を付けろよなー、ホントに"
「だって出目金欲しかったんだもん」
袖の八割を濡らした彼女は、綿あめをニコニコしながらついばんでいた。
もちろん手には出目金の入ったビニール袋を下げている。
・・・結局あの後、俺が出目金をすくい取ったのだった。
喜んでくれたから、それでいいんだけどさ・・・。
「あっ・・・」
不意に彼女が俺から離れた。
"な、おい。どうした?"
「・・・友達」
彼女の指差す先には・・・。
いつもにぎやかな女子グループがいた。
この女子グループはそれなりに人気はあるのだが、男子達にも恐れられるほどの情報伝達の速さを誇る。
こんな所、見られたらからかわれること必至だ。
そしてあっという間に噂になるだろう。
俺達は待ち合わせ場所だけ決めて、何とか奴らの隙を見て一旦離れて行動し、彼女と再び合流したのだった。
奴らに見つからないように動く。
これがすっげぇハラハラして、すっげぇ楽しくて。
彼女と合流した時に、顔を見合わせて笑いあったのだった。
―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―
屋台街の更に奥に、神社の本殿がある。
ここまで来ると、お祭りのお囃子が少し遠く聞こえる。
そしてここは、ちょっと暗くてお化けが出るって噂がある。
彼女も少し怖がっていたけど・・・。
"じゃーん!"
俺は前日に、神社の植え込みの中に花火を隠していた。
「うわぁ、花火!」
彼女が花火が好きな事は、事前にラムネ一本を条件に悪友から情報入手済みだった。
お化けなんか、俺が追い払ってやるよ。
しゅっ、と軽い音を立ててマッチに火を着ける。
色とりどりの光の花が、手元で弾ける。
彼女は花火を手に、嬉しそうにくるくる踊るように回っている。
あゆみを見せて、親からこってり怒られた事。
でも、図工の成績が上がっていて、そこだけは父さんから誉められた事。
カブトムシのでかいのを2匹も採った事を。
彼女は
宿題を全部終わらせた事。
観察日記のひまわりの花が咲きそうだということ。
今日の為に、おばあちゃんが浴衣を縫ってくれた事を。
他にもいろんな事を、たくさん話した。
でも、俺にはもうひとつ話したい事があった。
「好き」
たった一言なのに。
もう喉まで言葉が出かかっているのに。
恥ずかしさが邪魔をして、どうしても言えなかった。
お祭りの最後の打ち上げ花火を見終わって・・・。
俺は彼女の家まで送っていった。
「今日は誘ってくれてありがとう。楽しかった」
"うん。じゃあな。おやすみ"
「うん、ばいばい。帰り、気を付けてね」
俺は手を振って、彼女と別れた。
別れ際、彼女の寂しそうな笑顔が妙に引っかかった。
―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―
夏休み明けに、彼女が転校した事を知らされた。
ずっと、夏祭りの時のままでいられると思っていたのに。
ずっと、夏祭りの時のままでいたかったのに・・・。
あの時に「好き」って言えなかった事を、猛烈に後悔した。
俺の小さな初恋は、これで終わったのだった。
―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―
かららら。
網戸を開ける音で、俺は我に返った。
後ろにはかみさんが、麦茶をトレーに載せて立っていた。
「まぁーた、あの時のこと思いだしてるの?」
呆れと、からかいを含んだ声でかみさんは言う。
"・・・うっせぇなぁ。若かりし頃の思い出に浸ってたんだよ"
毎年この時期になると、いつもからかわれる。
何年経ってもからかわれる。
俺の、小さなひと夏の恋。
「若かりし頃って・・・10年単位で昔の話題でしょう?まったくもう・・・」
かみさんはそう言うと、俺の隣に来た。
かみさんの左手の薬指には、俺と同じデザインの指輪が納まっている。
「もう、一緒にいるんだから・・・」
"・・・・・・・"
俺はほんの少し、赤面した。
隣でかみさんが笑っているが、あくまで「ほんの少し」だけだ。
小さな初恋は、お祭りでの出来事のように一旦離れて、また始まって。
それが大きな恋になって、永遠を誓うようになって。
「ねえ」
"ん?"
「また、お祭りの会場で花火を見ようよ」
"来年な"
俺は即答する。
「もぉー。いつも来年来年って。16年間ずっと実現してないじゃない」
"あーもう!ここからでも見られるからいーじゃねぇかよ。つか麦茶よりビール!"
「へぇー。じゃあこの勝負、私の勝ちでいいのね?」
実はこのやり取りをしている今、「最初に『ビール』と言った方が残念ゲーム」の真っ最中だった。
かみさんは時々、妙なゲームを仕掛けてくる。
重度の負けず嫌いな俺は、あっさりと挑発に乗ってしまい・・・毎回惨敗している。
かみさん曰く、俺をいじるのが面白いらしい。
「う〜〜〜〜っ!もう負けでいいです!」
「・・・面白くないなぁ。何でそんなに嫌がるの?」
"あれはあれで、初恋の思い出として取っておきてえんだよ・・・"
はぁー・・・。
「行かない理由」を素直に言えない、尻に敷かれた男の悲しさを噛みしめる瞬間・・・。
でも、とても大切で、最愛の人との大事な時間・・・。
「彼女」と一緒に過ごす、夏の一頁。
「夏の一頁」
最後までお読み頂き、ありがとうございました。
少々設定等をご紹介いたします。
*「俺」の地元の夏祭り
神奈川県厚木市で開催される、鮎まつりがモデルになっています。
花火の総打上げ数は、リアルな数字です。
*登場人物設定
俺
12歳・小学校6年生・男性。
現在35歳。
照れ屋で奥手。でも重度の負けず嫌い。
かみさんに強く出られないのと、素直になれないのが悩みの種。
でもいざという時は、とても頼りがいがある男性。
初恋の思い出を、今でも大事にしているロマンチスト。
彼女=かみさん
12歳・小学校6年生・女性。
現在35歳。
おとなしい少女だったが、成長過程で少々性格が明るくなったようだ。
彼をいじるのが趣味。
時々妙なゲームを彼に提案し、連勝しているツワモノ。
結構天然さん。
*時間の流れ
一度離れ離れになったが、19歳で再会。
恋人同士になり、25歳で結婚。
現在、結婚10年目。
という所です。
*実は・・・
主人公の展開について。
このまま失恋→思い出を大事にしながら独身貴族コース
で終わらせるか、
UPした通り、ハッピーエンド
で終わらせるか、相当に悩みました。
でも、「近くて、遠くで・・・」の作風が作風だったのと、旅日記でも似たようなお話があるので・・・。
ハッピーエンドにいたしました。
書いているサイドも、ワクワクしながら書けた作品です。