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性分

 遺影の中の夫は、これまで見せたことのないくらいに相好を崩して、私に微笑みかけている。至極立派な仏壇に飾られて、誇らしそうな表情にも見えた。

 私はそんな夫の遺影をぼんやりと眺めながら、これまでの事を思い返していた。



 夫と知り合ったのは50年近くも前のことだ。確かお互い友人の紹介で、食事を共にしたのが最初の出会いだったと思う。

 最初の印象はと言うと、会話は少しぎこちなかったものの、身だしなみに清潔感があり、料理を取り分けてくれるなどの気配りも見せてくれ、中々の好印象ではあった。しかしそんな若かりし頃の夫に対し私は、女性慣れているのかな、と穿った感想を抱いたりもした。

 後に親しくなってからこの時のことを聞くと、けっして女性慣れていたわけではなく、少しでも私の好感度を上げるべく、流行の雑誌を見ては服を新調したり、テーブルマナーを学ぶためにカラトリー一式を揃えたりと、とにかく必死だったと笑いながら話してくれた。

 その後、結局私はそんな夫と付き合うこととなり、気づけば結婚していた。

 夫は至って真面目な性格で、お酒を飲んで暴れることもなければ、他所に女を作って貢ぐこともなかった。結婚相手としては悪くなかったと今でも思っている。

 ただ少し生真面目過ぎると言うか、型に嵌めたがるきらいがあった。男の人にはありがちなのかもしれないが、何でも形から入りたがる傾向にあるのだ。

 例えば少し腹が出てきたのでジョギングを始めると言ったかと思うと、翌日にはランニングシューズやランニングウェア、果てはランニングウォッチまで買って帰ってくる。

 またある時は、痩せマッチョになる! と高らかに宣言したかと思うと、プロテインや鉄アレイ、筋トレ用グローブにトレーニングマシンなどが週末に配達されてくる。

 そして何より腹が立つのが、そこまで準備をしていているのに大抵長続きをしない事である。しかもつぎ込んだ金額が大きければ大きいほど、長続きしない確率が高い。形から入るのも結構だが、せめて元を取るくらいは使用してほしいものだ。

 ちなみにランニングシューズは2回ほど履いたきり靴縛の奥底にしまわれ、そのうち靴裏のゴムが剥がれたので捨てた。プロテインは1度飲んだ後に不味いと言って吐き出し、翌日には中身の入ったままの容器がゴミ集積所に置かれていた。それなりの金額がしたであろうトレーニングマシンにおいては、庭の片隅に放置され、単なる鉄くずと変わり果てている。唯一、今でも役になっているのが鉄アレイだが、ぬか漬けの重石としての役割を鉄アレイ自身が満足しているかは微妙な所だろう。



 そんな夫と連れ添って、気づけば40年以上の歳月が経ってしまっていた。頭に来ることも、呆れ果てることも数えきれないくらいあった。それでもこれまで苦楽を共にしてきた。そこには好きとか嫌いとか、そう言う単純な言葉だけでは表現できない複雑な何かが確かにあった。

 私のそんな気持ちを知ってか知らでか、遺影の中の夫は実に嬉しそうに笑っている。そんな表情に私は恨めし気な視線を送った。

 

「おーい、芳子、芳子!」

 ふいに階下から私を呼ぶ夫の声がした。

 夫の遺影を見つめながら、階下の夫には聞こえないように呟く。

「……全く、何が生前遺影撮影なんだか。ほんと何でも形から入りたがるんだから……」


 せめてこの遺影が使われなくなる事が無い様にと、私は仏壇にそっと手を合わせた。


※この小説は「カクヨム」でも掲載されています。

https://kakuyomu.jp/works/16816452218581430076/episodes/16816452218632676774

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