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河原で2人

今日、部活で思うような練習ができなかった賢悟は、取り戻すようにして河原でボールと戯れた。

一しきり汗を流すと、放り出したバッグのところに戻り、携帯しているドリンクで喉を潤した。

汗をぬぐい、振り返った。すると、土手際の階段を隔てた向こう側に腰を下ろしている人影に目がとまる。

温彩だ。


(ゲ。今日、来てんのかよ)

今日はずっと温彩に引っ掻き回されっぱなしの様な気がして、賢悟はガクンとうな垂れた。

その反面、落ち着きもなくしている。

自分を惑わしている存在をあれだけ否定したはずなのに、話しかけるか、話しかけないか、話しかけるか、話しかけないか……そんなことが頭の中をぐるぐると回っていた。


どれくらい躊躇していたのか、賢悟ははたと我に返り、無意識に立ちつくしている自分に気付いた。

土手に向かって長く伸びた影が間抜けだ。

なんだかそれを見て、急に自分がみっともなく思えた。

(オレは何を悩んでんだ、アホらしっ)

しかし今度は打ち消すのではなく、もやもやとしたものに立ち向かうことにした。


仏頂面をロック!

そして乱暴にブレザーとバッグを掴む。そのままズンズンと、大股で温彩の方に近づいて行った。

温彩が泣いていないことを祈る。


「うい!」

気付かれなかったらまた腹が立つと思うと、思わず大きな声が出た。

温彩の方はというと、飛び上がるように驚いて、賢悟の立つ方に顔を上げた。

「ひゃ!ケ、ケンゴ……?」

再び不意を衝かれた温彩は、さすがに今度は本当に膨れてみせた。

「んも~またびっくりするじゃない……」

賢悟は続けざまに温彩の横にバッグを投げると、「そこ、いい?」と訪ねた。

「もう……人の話全然聞いてないんだから。別にどうぞ」


2人は土手に、少し間をとって並んで座った。

沈みかけの夕日が、町並みの下へと消えていく。


「……」

横を陣取ったはいいが、何を話せばいいのやら。賢悟はさっそく言葉に詰まった。

隣にちらりと目をやると、自分の少し向こうにポニーテールをほどいた髪と長いまつ毛が見える。

こうやって見ると、温彩はすごく大人っぽく綺麗に見える。

しかし、すぐに内心を打ち消して、賢悟はすぐさま視線をそらす。


他の生徒や部員達のいないところで、2人きりになるのは初めてかもしれない。

そう思うと落ち着かなかったが、陽が落ちて辺りが暗くなりかけると、ざわめく気持ちも次第に静けさを取り戻していった。

口をへの字に曲げ、仏頂面を保つ必要もなくなった。


いつもは温彩が話しかけてくるが、今日は静かだった。そんな温彩を、やはり元気がないなと賢悟は思う。

そしてさっき筒井達から聞いた話しが頭をよぎる。学校の後部活があって、その後は店の手伝いをしているという温彩。


そもそもコイツはちゃんと寝ているのだろうか。


「つか、体、平気……なのか?」

無造作にガシガシと髪を掻き、先に口を開いたのは賢悟だった。

途中、個人的な事情を自分が知ってるのもヘンだと思い、口調がぎこちなくなった。


「え? 体って、体調のことよね? 別に普通だよ。どうして?」

「別に。具合悪くねえんなら、その、良かったな」


「……?」

温彩は戸惑う。

賢悟が他人にそんなことを問うてくるなんて、取ってつけたみたいだなと思った。

そして、ハッとする。


(って、もしや……あたしってやっぱ、へこんでる感じに見えてるのかな……?)


やばい。

だって、この無神経の典型である賢悟がこんなことを言ってくるくらいだ。

だとすれば、他の人にはどう映って見えているのか……


温彩は慌てて付け加えた。

「あ、でも今日はちょっと疲れたかも……あはは。最近マネージャー業務も色々大変だしね」

グニャッと笑顔を作って見せた。


しかし。


沖に動揺し、瑞樹に罪悪感を抱き、自身の気持ちに戸惑い、揺れて揺れて揺れ動く心を見透かされてるとしたら……誰かに気付かれているとしたら……

あたしはどこにもいられなくなってしまう。


悟られてはダメだ。それになにより、沖に惹かれてはダメだ――


温彩はギュッと膝を抱いた。


「おい?」

「……えっ?!」

「いや、マジで大丈夫か」

「うん……だ、大丈夫だよ。えへへ、ちょっと寒いね」


賢悟は、こんな会話を誰かと交わしてる自分がらしくないと気付いてはいたが、落ちゆく陽に紛れていつになく素直になれた。

「膝にかけとけ」

賢悟はそう言い放つと、自分のブレザーを温彩の方に投げてよこした。


「え、あ、ありがと」

命令口調の愛想のない賢悟の喋り方。でも、それは照れ隠し。温彩は知っている。

そしてそんな賢悟が、今日はブレザーを差し出してきた。

学校ではふて腐れた顔で人を寄せ付けないくせに、賢悟も人を気遣うことを知ってたらしい。

(やっぱりヘンなヤツ……)

そう思うと温彩は、思わずクスクスと笑ってしまった。


「なに笑ってんだよ」

笑う温彩に、賢悟は顔を引きつらせた。続けて耳が熱くなる。

やっぱりらしくないことをしたと、一気に恥かしさがこみ上げた。

賢悟はいつもの何倍も口をヘの字に曲げ、温彩を睨みつけながら、乱れる気持ちをごまかすように立ち上がった。

サッカーボールを手に取り、それを温彩に投げつける素振りをして威嚇した。


「きゃ~、ごめん。変な意味じゃないってばー」

「うるせえっ、変な意味ってなんだっ」


すっかり日の暮れた夕方の土手際に、賢悟の怒鳴り声と温彩の笑う声が交互に響いていた。


この河原で、2人が初めて言葉を交わした日。



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