-A's side- 揺れる気持ち
フットチェイスも終わり、片づけを済ませた温彩は帰り道を歩いていた。
町を割って続く川沿いの道を、染まりかける空に照らされゆっくりと歩く。
「今日は楽しかった。キャプテンも張り切っちゃってるし、一年くん達はむきになってるし。でも少し、疲れちゃったかも……」
疲れの原因。それは、四六時中無理して笑っていたせいだろう。
自分でもどうしようもない胸のざわめきと、熱くなる頬。
はらってもはらっても頭から離れない、校舎の影の2人……沖の眼差し。
あの後温彩は、呆然とする自分に鞭を入れ、中庭から走り去った。
あのまま立ちすくんでいると一生そこから動けなくなりそうで、力いっぱいフェニックスの横を駆け抜けた。
グランドに戻ってからは、ますます温彩は落ち着かなかった。
瑞樹のことが気になった。グランドの沖を見ている横顔が、どこか切なげに見えた。
あんな場面を見さえしなければ、気にはならなかっただろう。しかし、元気がないように思えて仕方がないのだ。
(先輩達、あそこで何を話してたんだろう……)
色々な思いが、さらに温彩を心あらずにした。
あの校舎の間で見た瑞樹の後ろ姿。
沖に軽くもたれていたのだろうが、しがみ付いている様にも見えた。
そう見えたのは、温彩の‘心当たり’のせいかもしれない。心当たりと、罪悪感。
春休み練習の、あの日の沖からの告白。それを思い出す度に胸が疼く。
温彩は部活の間、必死に沖を見ないように過ごした。沖との接触も、向こうからの視線も避け続けた。
逃げて逃げて逃げ続けた。自分を金縛りにするあの眼差しから。
しかし……
眼を瞑れば中庭に立つ自分がいる。梅の木の向こうから、影が延びている。
そしてそこを曲がる――
校舎の隙間、逆行に照られた藍色の髪。瑞樹を挟んでぶつかった視線、沖が見せた微妙な表情。
微笑む。笑いかける。深い眼差しで、語りかけてくる。
そう、あの瞬間……唇に指を当てて何かを言った。
沖は何かを送ってきた。
「シンジテ――」
やめて。
やめて、やめて、やめて、やめて、やめて、
やめて先輩。
ダメだ、ダメだ、ダメだ、ダメだ、ダメだ、
あたし、揺れないようにしなければ……
しっかりしなきゃ……しっかりしなきゃ……
絶対に開けるつもりのないドアならば、心の奥底に、重く重く施錠する――
沖先輩は瑞樹先輩の彼氏で、瑞樹先輩は沖先輩の彼女。
そんな先輩達が大好きなあたし、そんなあたしを大切に思ってくれる先輩達。
今までも、これからも、この先もずっと、それじゃいけないの?
どうしてこんなに、胸が痛いの―――?
裏腹なざわめき。中途半端で、不安定で、壊れそうな心。こんな思いから、解放されたい……
心の揺れを止めるすべがあるならば、こんなに泣きたい気持ちにはならないのに。
こんなに苦しい思いもしなくて済むのに。
どうしよう……どうすれば……
どうしよう……どうやって……
いつのまにか遊歩道まで来ていた。
温彩はそのまますい寄せられるように土手に下りると、力なく腰を下ろして川面を眺めた。