-K's side- 苛立ち
今年のフットチェイスはすごい盛り上がりをみせている。
しかし賢悟は、いまいち乗り気になれずにいた。
そもそもボールの蹴れない練習なんて、もどかしいばかり。
意気込んだ筒井が、沖に宣戦布告をしているのを他人事のように眺めた。
マネージャー陣の前でいいとこ見せようと躍起になっている一年達に辟易した。
盛り上がる部員らをみて、ガキじゃねんだからと思いながらも勝負の行く末は見守った。
沖目的で集まった女子生徒。自分達の部を放り出して次々と集まってくる野次馬。
新しいマネージャーはキャアキャアうるさいし、観衆の盛り上がりも意味不明。
賢悟はふてくされた顔で、一連の様子をぼうっと見ていた。
(来週の遠征に向けてゲーム中心のメニューやった方がいいだろうに……)
しばらくしてベンチの裏に回ると、グランドに背を向けどっかりと座り込んだ。
そして溜息混じりに一つ、舌打ちをする。
苛つく理由がそれだけではないことを否定するかのように――
(アイツ……菅波温彩。無理して笑ってやがる。ありゃ絶対作り笑いだ)
賢悟は温彩から目を逸らすと、そっぽを向く代わりに目を閉じた。
ごちゃごちゃと考えていないで、こんな時は寝るのが一番。
そう思って頭の後ろに手を組むと、お得意の瞑想に入った。しかし……
(ねむれん……)
賢悟は気になって仕方がなかった。
今日グランドに出た時、後ろから温彩に声をかけた。
珍しく自分から他人と口をきこうという気になり話しかけたのだが、数回呼んでも‘上の空’だった。
とうとう部活中にまでぼんやりを始めた温彩に、賢悟は苛立った。
いや、本当のところは、おかしな空回りをしている自分に、だろう。
でも、賢悟はそれを認めない。最近やたらと舌打ちが増えたことも。
ベンチの裏には意外とよい風があたる。
吹き抜ける風が気持ちいいのに、やはり賢悟は眠れずにぼんやりとしていた。
あの時後ろから声をかけて、アイツが振り向いて、その後自分は何を言うつもりだったのだろう。
何って、特に何も考えてはいなかった。賢悟はそれに今気が付いた。
(アホかオレは)
その上、余計に気を悪くさせるようなこと言ってしまったのだから世話がない。くそう、オレはやっぱアホだ。
他人を心配したり、気遣う方法をあまり知らない賢悟。
だからと言って筒井みたいな、あんな振る舞いもできない。
先程からずっと苛ついている原因の一つは、大方このジレンマなのだ。
フットチェイスが始まってからも、さらにも増して様子のおかしい温彩。
苛立つ、気になる、苛立つ、気になる。
苛立つし気になるが、だがそれまで。
「だー!くそ」
賢悟はがばりと起き上がった。
(オレも一発走ってやる!!)
勢い良く立ち上がると賢悟は、引かれたラインの前に割り込んだ。
「あれ、上代さん走るんスか?」
「おぅ、お前ら付き合え」
「マジすか?やったあ!」
自分に挑まんと並ぶ一年の部員たちに目配せすると、賢悟は位置に着いた。
(今日オレが苛着いてるのは、断固として、ボールの蹴れねえ練習のせいだ……!)
「よ~い……」
バンッ!!! ――スターターの弾ける音と同時に全力で走った。
一年が度肝を抜く走りを見せ、賢悟は自己新記録をたたき出していた。