賢悟の告白 ― 2人のあいだ ―
賢悟と温彩は、病院に向かってゆらゆらと歩いた。
遊歩道が夕陽に向かって続いている。
黄昏に染まった道のりを、寄り添って歩いた。
「ねぇケンゴ」
「はいよ」
「今日、 『アツサ』 って呼んだね」
「呼んだ。悪かった?」
「んーん、嬉しかった」
「もう、心配かけないから、あたし……」
「おぅ、よろしく」
「ケンゴ、ホントにありがと」
「おぅ」
「ね。サッカー以外のケンゴもかっこいいんだね」
「ほぉ。どことなくひっかかるけど喜んどく」
「んー、でも」
「何だよ?」
「うん。だってケンゴ、『とーう』って言った」
「は?言ったっけ」
「言ったよ。飛んだ時に言った」
「作ってんだろ」
「ううん、言ったってば。すごくヘンだったよ」
「あ、そ」
「クスクスクス」
「そうだケンゴ」
「なに」
「言ってくれてないことが、一つある」
「なに?」
「‘好き’って、言ってくれて……ない」
「っ……つ……伝わってんだろーがよ、思いっ切し……」
「え、うん、それはそーだけど……」
「いちいち言わねーとダメなわけ?」
「んーだって、あたしは言ったよ。でも言っても全然ケンゴの気持ち分かんなくて……それで……」
「いやちょっと待て。今日オレかなり色々言ったつもりだけど、あれでダメだっつんならそれはそれでショックだぞ」
「んん、そんなつもりじゃ……ゴメン」
「あーもーすぐそれだ。……でもオレ的には、そんなもんよかこれ聞いとけって感じなんだけど」
「……?」
賢悟は温彩の頭をガシッと掴んだ。掴むと自分の胸にドシンと当て、得意技のホールドを決めた。
「うーっ、苦しいよケンゴ、ちょとタイム」
「オレらの間にタイムはねーの」
自分で言っておきながら、賢悟は少し赤面した。
賢悟の胸から、ドクドクドクという激しい心音が聞こえてくる。
「聞いてっか?」
手を緩め、温彩を包みなおして静かに問うた。温彩の髪から河原に咲く花と同じ匂いがふわりと香る。
「聞くって、心臓の音?」
「その音」
ドクドクドクドク……
鳴り止まない賢悟の音。
当てた耳に、心地いい振動が届く――。
こうしていると、同じ時の刻みを感じている実感がして、胸の奥がキュンとなった。
「これがオレのリアルなマジ告。しかもだいぶ前からこんなだったし。オレを心臓麻痺で殺す気かっつの」
「クス……でもこれじゃ離れてたら聞こえない」
「んじゃこれからはずっとこうしとけ」
照れを隠すように語調を強めた賢悟の心拍数がどんどん上がる……
ドク、ドク、ドク、ドク……
本当だ。こうしてると、全部聞こえる。
心拍を繰り返す胸が熱い………
肩の揺りかごから、大きな大きな熱気球に乗り換えた気がした。
――この河原から始まった。
「よぉ。もう急に試合放棄すんなよ。勝手にどっか行くな」
「うん……」
――草の向こうに舞う賢悟の背中。
「部活も、辞めんなよ」
「うん……」
――川面に瞳を落とす温彩の横顔。
「それと、お前が他のヤツとくっついてるとこ見んの、結構厳しい……」
「ん……」
――少しずつそんな2人の間は変化した。
「なぁ聞いてるか?一応これも告ってるうちだぞ。後んなって知らねえとか言わねーでくれよ?」
「……」
――そして今……
「ダメだ聞いてねェな……ったくお前はオレの乙女心を――――」
賢悟がまだ何か言っていたけど、温彩はその背に手をかけた。
それから力を込めて賢悟を引いた。
見上げた賢悟の姿勢が少し低くなったと同時に、温彩は思い切りつま先立ちをした。
「……!」
「………」
ほんの一瞬だったけど、長く延びた2人の影の、二つの頭が重なった。
獅子の背に、温彩はしっかりと掴まった。
「出たな変態……」
「もう、またぁ」
向かい合ったままおでこを合わせ、2人は一緒に噴き出した。
鬣が揺れた。
まつ毛も揺れた。
立ち止まった遊歩道の上で、賢悟の腕に包まれている。
立ち止まった遊歩道の上で、温彩を確かに抱きしめている。
河原に燃えて落ちゆく夕陽に、再び影が重なった―――
これが今の、2人のあいだ。
そしてこれからの、2人のかたち。
―FIN―
初めての試みでたくさん戸惑い、悩みましたが、なんとか一つの流れを終えました。
何度も消しては書き直し、きつかったですが、良い経験・良い勉強になりました。
下手くそなお話しを最後まで読んで下さった皆様、本当にありがとうございました。
そしてお恥ずかしながら、続編のお知らせです。
性懲りもなく、いまいち書き足りなかった部分を「温彩のスコアブック」と言う題名で、新しく始めようと目論んでいます。
その後の2人の日常を、温彩の日記という形で書いていきたいと思います。
小さな事件を起こしたりなどして、単にもうちょいキャラで遊びたいというだけの個人的趣味にすぎないのですが……
よろしければそちらもご覧下さいませ。
ありがとうございました。はざまでした。