オレの手を掴め
遊歩道から伸びる石段を七~八メートルほど下った河川敷の広場。両岸それぞれに公園が隣接されていて、それなりに見晴らしのいい場所だ。
しかし急激に目線の下がる土手下付近は、大通りの方から見ると大きな死角となる。
急勾配の土手は程よい擁壁の役目をし、リフティング等には打ってつけのロケーションなのだが、その気に入りの場所に今日はボールを持たずに立っている。
「面倒くせぇやつらだな。オレ、あんたらに用はねんだよ」
賢悟は眼前の包囲網に踏み出すと、温彩に手を伸ばそうとした。
「おおっと!」
晃が言うと、金髪の男が前にせり出してきた。賢悟の肩をドンと弾き返す。
「困るねェ調子にのられちゃぁ」
「ちょっとやめて晃くん!」
温彩は必死に声を上げた。「ケンゴは関係ないんだから!!」
臆する様子のない賢悟が逆に危なっかしい。
「ねぇ、あたし、戻らないよっ。部活も、自分の意思でやめたの……!」
「言ってろ」
温彩が虚勢を張っているのは一目瞭然だ。
縮こまっている体からめいいっぱい声をしぼり出している。
「嘘なんかじゃないっ、家庭の事情で退部したの……勘違いしないで」
「勘違い?」
獅子の目が男らをかきわけ温彩を捉えた。
「お前の言う家庭の事情って、ソレのことだろうが」
晃に向かって小さく顎をしゃくった。
「あららら、生意気だねェ。野放しの獣はこれだから困る」
締まりのない顔でニヤニヤしながら、曇った目で賢悟を舐めるように見てくる。
「もう!ややこしいことしないでよ!早く練習に戻って!」
温彩の足元は震えていた。
「ややこしいのはお前の思考回路だろ。ったく、どうしようもねえな。それにオレだって自分の意思でここまで来たんだ。もうお前から逃げねぇって決めたんだよ」
(ケンゴ……………)
その言葉を聴いた温彩の全身から、力が抜けそうになる。
「言っとくぞ。退部はさせねえ。それに一人にも絶対させねえ。この先何があってもだ。まどろっこしいことばっか考えてねぇでオレの手だけ掴んどけ」
賢悟は揺ぎ無い視線を真っ直ぐに温彩に向けた。
「うう……ぅぅ」
拒もうと、声を上げようとしたけれど、代わりに落涙してしまった。
『一人にさせない、何があろうとも』……賢悟の言った言葉に肺腑を衝かれた。
身を挺して高言することも、意地を張ることもするな。心を無にして俺の手だけを掴め……
賢悟はそう言った。「オレの手を、掴め――」と。
一気に張り詰めていたものが崩壊しそうになる。
力強い眼、力強い姿……
真っ直ぐに突き進むフィールドの賢悟は、如何なるものをも超えてゆく。
風に舞う獅子――
その背に掴まれと言うのなら、嵐吹く荒野も凍てつく夜も、きっと恐れることはないのだろう……
「おい。さっさと答えろ。そんでとっとと帰るぞ」
「ううぅ……遅い……遅いよ……もう……」
「遅くて悪かったよ。でも来ただろ?いちいち泣くなっ」
「そうじゃ……ない……」
「はいはいはぁーい!」
手を鳴らしながら耳を劈く甲高い声に、言葉を遮られた。
「美女と野獣ショー、もうちょっと楽しませてもらいたいとこなんだけどねぇー」
ククッと笑いながら、晃は掴んだ温彩の肩を左右に揺らした。
「さっきから好き放題いちゃついてくれちゃってるけど、キミなんかにあつさちゃんは渡さないよん?」
賢悟はふんと鼻を鳴らした。
「それこっちの台詞だけど。サーカスなんぞにアツサ渡す気はねぇよ」
「ほほう。その大口もいつまでたたけることやら……?」
晃が舌を二回鳴らした。
それを合図に、2人の男らがのっそりと前に出てきた。