between:2 「ハナと大山のあいだ」
気付くとハナは、突然飛んできたボールと一緒に、大山に背中を預けていた。
「えっ!? け、賢悟先輩待って、酷いよぉ!」
走り去る賢悟に咄嗟に声を上げたが、その姿は疾風のごとく、みるみるうちに小さくなっていった。
それでも賢悟を追おうとした。胸にちくりと刺さるものが、よりハナをむきにさせる。
しかし、後ろの手がハナを掴んで放さなかった。前に出ようとして、その反動で引き戻された。
「もう大山イタイ!離してっ」
ジタバタと抗うハナを離さないよう、肩を押さえる大山。
「追っかけてってどーすんだよ」
「知らない!離して」
「離してじゃねーって、ゲームだろ今から」
「賢悟先輩行っちゃうじゃん!離してよ」
相変わらずのハナのじゃじゃ馬振りに、大山は心の中で溜息を付いた。そしてもう一度ハナを諭す。
「ほら始まるって、ゲーム」
「やだ離してってば!」
「………」
入部してからずっと、ハナが賢悟を追っていたのは知っている。アイドルの追っかけさながらに、賢悟につきまとっていたのも。
何かとピーピー騒いでは、ちょこまかとうろうろして、本当にうるさいヤツ。
先輩も大変だな……と、同情すら感じていた。……多分。
「こっち、向けって」
「ヤダっ、ハナ賢悟先輩のとこ行くっ!」
「あんまり騒いでると監督に気付かれるぞ」
「うるさいぃーどいてよぉ」
ミーハーで騒々しい同じ一年のチビマネージャー。先輩マネージャーの2人に比べると、本当にガキっぽいと思う。
でも。いつも後になって気付くのだが、天真爛漫で屈託のないハナの表情は、髪の色と一緒にいつもキラキラと輝いていた。
入部したての頃。高校のサッカー部の練習は、中学の時よりも幾倍もハードに感じた。
先輩たちとはレベルも違えば体力も違う。賢悟たちに比べ、まだまだ体の出来上がっていない大山にとっては、春から夏にかけての練習や基礎トレは本当に辛かった。
それでも石にかじりつく思いで半年近くをやり抜いてきた。
炎天下では何度もへたり込みそうになった。
でもそんな時、意地悪そうな笑みを浮かべたハナがいつも発破をかけてきた。生意気なことを言っては、それに対して毎度ムッとした。
でも、けしかけるように肘で突きを入れてきた後、必ず見せてくれた笑顔。その笑顔に、度々元気付けられた。
そしていつしかハナを見る度に、ドキンとするようになった。
それに。たまに、少しだけ……色っぽい? とも、思う。
「もう!離して離して離してっ」
面も振らずに駄々をこねるハナ。
「こっち見ろよ」
「ヤダ!」
「見ろって!」
大山は思わず声を荒げ、小さな肩を引いた。
「俺だってやだぞ、絶対行かせないかんな!上代さん追うんだったら尚更だ」
「何言ってんの、意味わかんない!引っ張んないでよっ!」
(くっ……!こ、コンニャロゥ……)
怒りにも似た激情が込み上げた。それに乗じて、感情を言葉にのせた。
「お前のこと好きなんだよっ!!!分かれよこのバカっ!」
ハナは振り返ると大山を見た。
「きゅ……急に何よ、あんたこそバカじゃないの……?!」
やっとこっちを向いた―――
大山は、ネコのような瞳に自分の姿が映ったのを確認した。
「自分でもバカだと思うわ。橘なんか好きで本当バカ。お前なんてミーハーだしエロいしうるさいし……」
そう言いながら足元に目を落とすと、ジロリと再びハナを見た。
「ひ、酷……何か超失礼だし……。それにエロいって何よっ……」
抗っていた動きを止め、困惑気味にハナはブツブツと文句を言っている。
「酷いのも失礼なのも、お前の方じゃん……」
「なんでよっ」
「なんででもだよ……」
「なんででもって、何よっ」
「ほんとうっさいなあお前……俺がどんだけマジか知らないからそんなこと言えんだよ」
「しっ、知るわけないでしょっ……!やっぱバカじゃないの大山っ」
「だからバカなんだって言ってんじゃん。俺……橘のこと好きだ」
肩と腕を掴んだ大山の手に僅かに力がこもる。俯いたまま大山は繰り返した。
「真剣だかんな。俺、お前のことスゲー好きだから―――」
上がった体温が、思いが、掴まれた肩を通して伝わってきた。
「ちょっと……や、やめてよねっ……どさくさに紛れて告るのっ……」
口を尖らせ言い返してくるハナだったが、手を振り解こうとは、もうしなかった。
すねてむくれた顔の絆創膏の下が、心なしか少し赤いようにも見える。
その時短くホイッスルが鳴った。それを合図に部員が各自の持ち場へ移動し始めた。
グランドに青いシャツが散らばってゆく。伏し目がちだった大山も顔を上げた。
「ケッ、『やめてよねっ』じゃねぇーよっ!!このチービ」
大山はポンと押すようにハナの肩から手を離した。
グランドに出るためクルリと踵を返すと、ハナに向けて舌を出した。
「んなっ、何なのちょっと……!っていうか、チビって言うな!うるさいよーっ!」
背伸びをして頭上に手を振り上げた小さな影が、グランドに向かって伸びる。
「お前が一番うるせえよっ。チビなとこもうるせーとこも全部好きだから、そこんとこヨロシク!」
一度口に出すと、憑き物が落ちたように連発できる不思議な言葉。
好きだと言うだけ言うと大山は、大袈裟に歯を見せながらセンターラインめがけて走りだした。
「なっ……なによあんたなんかっ!ハナは賢悟先輩が好きなんだからねぇぇー!」
「へん、上等っ。さっきフラれたくせに」
ハナに振り向くと、白目を剥いてからかって見せた。
「うー!すっごいやなヤツ!!大山なんか大嫌いっ!もー超キライ!キライキライ大嫌いリストの第一位大山ー!ハナ年上にしか興味ないんだからぁー!」
後ろから、自分に向かって声がする。いつもの騒がしい声が、今は自分だけに向けられている。
大山は飛んでくる罵声に肩をすくめ、小さく笑った。
さっきまで他の背中を追って飛び出して行きそうだった体は、グランド脇のベンチにすっかり留まっている。
―――見てろよチビ、 そこから見てて。
今日は俺が一番先頭で、風を切るから――。
グランドに向かう背番号のない背中。
その背中は陽の光を反射して、いつになく軽やかに風の中へと滑り込んで行った。