between:1 「沖と瑞樹のあいだ」
「さてと」
そろそろチャイムが鳴る頃だ。
沖は、誰もいなくなったグランドをベンチから見渡すと、静かに立ち上がった。
桜の葉のそよぐ方向に藍色の髪も揺れる。
その時、
「侑……」
後ろから声がした。
振り向くと、桜の木の裏から瑞樹が顔を覗かせていた。
「瑞樹……?いつからそこに?」
「ん、ずっとだよ。侑と上代くんが並んでるとすっごく目立つ」
そう言って微笑んだ。
瑞樹の黒髪はサラサラとそよぎ、白い肌に優しく触れて流れる。
「例の事、うまく伝えられたんだね。上代くん理解してくれたみたいで良かった」
このことは瑞樹の耳にも入れておいたことだった。
だったが、しかし……
「ま、まいったな……」
いつも平常を崩さない沖の顔に、珍しく当惑の色が注している。
「全部聞いてたの……?」
瑞樹はにっこりと微笑んだ。
「……なんとなく分かってたことだから、気にしないで」
そして後ろに手を組み、すくい上げるように沖を見た。
「瑞樹……」
「いいよ、もう。侑は‘優しい’を通り越してお人好しね?」
そう言って瑞樹は、清廉な瞳で優しく沖を見つめた。
その瞳に今は憂いはなく、だたただ温柔な光を宿している。
「瑞樹には……かなわない」
沖が鷹揚さをそこなうと、クスクスと瑞樹は笑った。
「ほら、‘沖さん’がそんな顔しちゃダメだよ? ね、授業始まっちゃう。教室戻ろ……」
チャイムが鳴った。瑞樹が沖の手を引いた。
学校では知らない者のない2人が、ベンチ脇の桜の下から校舎へと向う。
グランドから去る2つの影法師は肩を寄せ、手元を連ねたまま校舎へと静かに消えていった。