沖からの呼び出し
翌日、温彩が学校を休んだ。
賢悟が知る限りでは、温彩が学校を休んだことは今までになかった。
見た目より体は丈夫なんだろう、入学してからずっと同じクラスだが、温彩が体調不良で欠席したという記憶がない。
まさかとは思うが、なんとなく昨日の出来事が結びついた。胸騒ぎがした。
(考えすぎか……?)
しかし、いくら知り合いでもあの男はちょっとおかしいような……そう考えると、温彩の態度も変だったように思えてくる。
そうやって色んな事を脳裏に巡らせているうちに、とうとう午前中の授業中は一度も寝つけなかった。
その日の昼休み、賢悟のクラスに珍しい顔が訪れた。
「上代、あれサッカー部の沖さんだろ?お前のこと呼んでる」
そう言われ教室の入り口の方を見ると、一際長身の男が立っていた。
首を傾け、誘うしぐさで賢悟を見ている。
あの沖が二年の教室に現れたぞと、ざわめきが起こった。
その爽やかな珍客にご指名を受けた賢悟にも注目が集まったが、窓際の席からのっそりと立ち上がると、机を掻き分け沖の方へと進んだ。
「ういス……何スか突然」
「悪い。話があるんだけど、今いい?」
「オレなら別に」
「良かった。ここじゃなんだし少し出よう」
2人は校舎を降り、一番最初に現れるベンチを選んで座った。
サッカー部が部活で使ういつものベンチだ。
慣れ親しみのあるグランド風景も、昼休みともなると放課後とは全く違って見える。
ベンチの上にかかる桜の木の葉は幾重にも重なり、初秋の昼時には一段と大きな日陰をつくる。
そして今日はその下に、ユニフォームではなく、制服姿の2人がベンチに並んだ。
同じ場所や人物にも、ちょっとしたことで色んな違いや変化が生まれる。
賢悟はそれを違和感に捉えたのか、どこか尻の座りが悪い。
「で、話しって?」
間が持たないわけではなかったが単刀直入に切り出した。
「ところで……今日菅波は休み?」
「来てないです」
話題の冒頭から温彩の話題が出たことに一抹の不安を覚える賢悟。
沖は引き続き温彩の事を聞いてきた。
「学校休むって珍しいんじゃない?理由は何だって?」
「無難に風邪ですけど」
「そうか。最近彼女に変わった様子は?」
「さあ別に……」
やはり昨日のことに何か関係があるのか……?賢悟は再び胸騒ぎを覚える。
沖は何かを知っているのだろうか?そう言えば昨日の男が‘白馬の王子’とかなんとか言っていたが……
賢悟の本能が何かを捕らえる。そしてそれが焦りになり口を開かせた。
「沖さん、話って?」
「ん……」
何か考え込んでいる風の沖だったが、言葉を選びながら順を追って話し始めた。
「これは俺の独断なんだけど。今菅波が抱えてる事情を、お前にも少し話しておこうと思ってさ」
「……」
やっぱり何かある。沖の知っている事情……以前筒井も心配していた温彩の家のことか?それとも昨日絡んできたあの男のこと……?
自分は温彩の背景にあることを何も知らない。知らないけど、でも……何故それをわざわざ‘沖’が自分に?
賢悟はこの状況がいまいち呑み込めないでいた。
しかし次の瞬間、
「その前に聞きたいんだけど。上代は菅波のことどう思ってんの?」
突然沖が言った。
「は……?!」
鳩が豆鉄砲を喰らうとはこの事……
「つか、どういう意味スか……!」
賢悟は思わずしかめっ面を向けてしまった。
「だから、‘菅波のことを好きなのかどうか’って尋ねてるつもりだけど」
いやにストレートだ。
「なっ……」
賢悟の背筋がバネのように伸びた。そんなことを問われる理由がさっぱり分からない。
だいいち、それはこっちが聞きたいくらいだ。夏合宿で温彩と抱き合っていたのは自分の方ではないか。
その‘張本人’に逆に尋問される意味も分からないし、昼休みに呼ばれてまで男同士でする会話でもない。
「さっきから何なんスか一体……」
「菅波の方はお前のことが好きなんだろ?」
「……!」
確かに好きだとは言われた事はあるが……
動揺している賢悟を見て、沖が小さく笑った。
「あそこの合宿所の部屋の壁って、結構薄いんだもんな」
「……っ」
やっぱり、聞こえていた、らしい。
「いや、お前が赤面しなくてもいいよ」
すっかり眉を下げた沖がクスクス笑っている。何はともあれ、勘弁して欲しい。
「沖さん引退してどうかしちゃったんじゃないスか……からかってんだったらオレ戻りますよ」
「ごめんごめん、話の流れにつじつまが合わないよな。本題から話すよ」
思わず立ち上がった賢悟に、沖は座るよう目で促した。
「実は彼女の『周辺』のことでちょっと、気になることが分かってさ……」
少し神妙になり、話し始めた。