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大格闘の末の、誤解の誤解

部室から怒声が聞こえる――。

それに、女の子の泣いている様な声も聞こえる。

なにやら中で、誰かが争っている??


ライン引きを取りに行っていた大山と三崎の2人が、体育倉庫からグランドへ戻るところだった。

ちょうど部室の前を通りかかり、中から聞こえる声とそのただならぬ様子に立ち止まり、聞き耳を立てた。

今の時間、本来ならば無人のはず。

しかし……

「なぁ三崎……中で泣いてんの、橘っぽくね?」

「う、うん……確かに。うちの部の部室だしな。だったら誰と……怒鳴りあってんの?」

素通りすることもできたが、少し胸騒ぎがする。

中の様子を探ろうとしてみたが、内側から鍵がかかっていた。

「え……?鍵かかってんの? なんか恐ぇぇぇ……」

三崎がおどおどし始めた。


すると次の瞬間、また言い争うような声がしてバタバタと足音が響いた。

そして大きな物音が響くと、今度は泣き喚くような声がしてきた。

やはりただ事じゃなさそうだ……!


まさかハナが何かのトラブルに巻き込まれているとか……?

大山の血の気が一気に引いた。

「三崎……!お前そのままそこにいろよ!絶対外からは刺激すんな!!」

そう言うと同時にすぐさまグランドに向かって走り始めた。


豪速急でベンチに辿り着くと、スパイクでブレーキをかけながら温彩に声をかけた。

「菅波マネ!!部室の鍵、貸してください!」

「ど、どしたの?!」

「いや、えっと……!」

飯田の目を気にして温彩に歩み寄ると、小声で事情を説明した。

「部室ん中に橘と誰かが居るみたいなんスけど鍵かかってて……なんか様子おかしいんス……!」

「え??何?おかしい??」

「よく分かんないんスけどなんか揉めてるみたいで……とにかく鍵!!急いで……!!」



その頃部室の中では―――


マントを翻すかのごとくシャツを脱ぎ捨てたハナ。色気というよりはむしろ、リングに上がる前のレスラーの気迫を感じる。

どうであれ、賢悟は頭を抱えるばかりだ。

ハナは間髪入れずに賢悟のユニフォームを掴み、全体重をかけて自分のほうにグイと引っ張った。

「おい何すン……!」

そのまま背後の机に身を倒すと、賢悟を自分の上に引き込んだ。


翻したマントに呆気に取られていたら、お次は柔術さながらのこの立ち回り。

仰天の連続技に賢悟は、机に腕を突いて防御するのが精一杯だった。

「何の真似だよ……離せ」

「イヤです」

「アホ、手ェ離せって。破廉恥倶楽部かお前は」

「……」


最近の女子高校生の間では、『恋愛=格闘技』という認識でもされているのだろうか?

牛も引きずり回せそうなこの勢いを、他で有意義に使えばいいものを。

しかしハナは極々真剣らしい。泣き腫らした目で真下から見据えてくる。

「もっかいだけ言うけど、離せ」

「イヤです。キスして下さい」

(ダメだ、全然話し通じね……)

賢悟は眉をしかめると溜息をついた。


情緒不安定者というよりは宇宙人と対峙しているようだ。すなわち通信不能。

しかし、このままの状態でいるわけにもいかない。言って駄目なら力づくで離れるまでだ。

もうユニフォームが伸びたって千切れたってかまわない、こうなりゃ宇宙戦争だ。


賢悟は引っ張られているシャツをハナの手から引き剥がそうとした。

「ヤダ……!」


ガタンと音を立てて机が揺れた。

その瞬間だった。手を解かれそうになったハナが、今度は直接首にぶら下がってきた。

(う、なっ……!)


事態は悪化した。

おもり付きの腕立て伏せを強いられる格好となってしまった賢悟。

「お前……いい加減にしねェと……!」

「ハナの怪我、キスで責任とって下さい!!」

「言ってること無茶苦茶だぞ!放せ!また怪我するって」


その時、


―――ガラガラ!バン!!!


激しい音が響いた。


「橘……!!」

「ハナちゃんっ!?!?」


扉を一気に開け放ち、大山達が一斉に飛び込んできた。


 え――――?!?!


中の2人も勿論だが、外から来た3人は頭のフタが吹っ飛びそうになった。

部室の中で、机の上で、賢悟とハナがもつれ合っている!?

因みにハナは上半身キャミソール一枚。賢悟はハナに引っ張られ、ずり上がったシャツから腹を露出させている。


そんな2人が絡み合っている姿が目に飛び込んできたのだ。刺激の強すぎる絵図に動転するのは当然だ。


「橘!? か……上代さん!?何してンスか!!!」

「や……やだ、ケンゴ……!?」

「う、うわ何????」


何がどうなってるんだ……闖入者の3人は軽いパニックに陥る。


(え?何?待って、何?!)

温彩はショックと動揺で固まりながらも、正しく事態を把握しようと勤めた。

確か大山は「揉めている」と言ったはずだ。

しかし目の前で繰り広げられている光景は、どう見ても、誰が見ても、机の上でよろしく絡み合う賢悟とハナだ。他の何でもなく、また他の誰でもない。


温彩は賢悟を見た。変な体勢で固まっている。

お互い皿のようになった目が合ったが、絶句したまま硬直は続いた。呼吸も忘れた。


「は、……離れろよ上代さん!!」

沈黙を破り乗り出したのは大山だった。

さっき中からは、明らかに怒鳴る声と泣く声が聞こえていたのだ。

大山の思考からすれば、おのずと眼前の状況イコール『賢悟に無理矢理押し倒されたハナ』という図解になる。

ハナの顔を見ると目に涙が溜まっていた。それに……血!?

頬から血が出ている!?!?


大山は、火が点いたように賢悟の肩に手をかけた。

が、その時、

「ヤダ……!」

ハナが言った。

そして身を起こしながらするりと賢悟に抱きつくと、更に一言。

「邪魔……しないで」


『目が点になる』とはこのことだ。室内は再びフリーズした。


「はっ?なっ!?おいっ!!」

中で一人大混乱を起こしたのは賢悟だ。

天から降ってきたような新展開とその台詞……獅子の目も点になり、いよいよ泡を食った。

「なに言って……!バカかお前!!」

そしてハナから離れようと、身じろいだが、正直どうすればいいのか分からない。

振りほどき方も、その力加減も、この場で何を言えばいいのかも……


三崎がその場を取り繕うように喋り始めた。

「あぁ、いやぁその……誰かが揉めてると思ったもんですから……すいません、誤解ならいいんス、アハハハ……」

そう言って笑いながら大山を引っ張った。


「いや誤解って何がだよっ!待てって!」

その誤解が誤解だ!……そう言いたかったが、巻き付くハナのせいでうまく立ち回れない。

どうにも全てに悪循環を起こす。


しばらく驚いたまま突っ立っていた大山だったが、一変、表情を消すと「失礼しました」と言い残し、引っ張る三崎と一緒に外へと消えて行った。


「いや、ちょっとお前らっ!!」


温彩もショート寸前だった。

体中にバチバチと電流が駆け巡り、脳から全神経への正常な伝達指令は混乱を極めた。

それでもギシギシと機械的な『笑顔』を作り、「あ、あはは……ゴメ……」と言って、ロッカーにぶつかりながらふらふらと去って行ってしまった。


弾けたボーリングのピンみたいに、皆は一斉に散っていなくなった。


(じょ……冗談だろおい……)


ハナをぶら下げたまま賢悟は、ただ呆然と立ち尽くした。



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