表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
31/53

そうはいかない

どこにこんな「思い切り」があったんだろう。なのにどうして今まで色んなことにくすぶってきたのか。

そう思えるくらい、温彩は気持ちのままに走った。

今すぐに会いたくて、伝えたくて、その思いのまま一つ下の階のへと駆け下りた。


(あった部屋番号、605)

まさにこの行動力はハナそのものだ。そして本当に「突入」した。

「ケンゴ!!!!!」

鍵なんかかけない賢悟の部屋のドアは、勢いよくドンと開いた。


「おわっ」

部屋にいたのは賢悟一人だった。ベッドの上にはくしゃくしゃのシャツや練習着が並んでいる。

帰り仕度の荷造りをしていたところだった。

そこにノックもなく、ドアを蹴破らんとばかりに温彩が飛び込んできた。


さすがにびっくりしたらしい賢悟は、不意を突かれてヒュンと腕を浮かせた。

が、そんな賢悟のリアクションにかまっている暇はない。追い出される前に本題に入らなくては。


「聞いてあたしっ、昨日はゴメン、じゃなくてそのあの……!」

温彩の登場のしかたに圧倒された賢悟だったが、すぐに仏頂面はできた。

慣れだ。

そして、機関銃のように喋り始めた温彩をじろりと見た。

「睨んだって出て行けって言われたって行かないよっ、だからちゃんと最後まで話しを聞いて……!」

半ば呆れたとも困ったともとれる顔で賢悟が口を開いた。

「ちょっと待てって」


(いやだ!阻止される!)

焦りが募り、切迫した温彩。

「やだ待たないっ!!あたし、今日のうちに話しておきたいから!」

「いや、つかお前、声がデカイ」

「あたしっ!ケンゴが好き……!!!」


(は?!?!)

……眉間に寄せていたしわがグニャリと歪んだ。

今度はドアではなく、脳組織が蹴破られそうになる。

(でた、出たよ……毎度オレの思考回路をぶった切るコイツの一発。しかもこの期に及んで何言ってんだ……?)


つい一昨日の夜だ。誰も居ない浜辺で温彩は沖と抱き合っていた。

妙に静かで、おごそかな雰囲気だったように思えた。

賢悟は目に焼きつく浜での2人の姿を思い出す。そして再び、胸が痛む。

コイツは一体何を言っているんだろう。


「ねえ!」

温彩が大声で呼んだ。

「……んだよ」

「あたしケンゴのことが好きなの! すきすきすき……!」

温彩は館内に響き渡るような大音量で、せきを切ったようにわめき始めた。

「いや、ちょっ、たんま」

困惑している暇もなかった。突発したつむじ風に一瞬にして巻き込まれた感じだ。


もうますます意味が分からない。そもそも大丈夫なのかコイツは?

同部屋の部員が居合わせてたらと考えるとゾッとする。

それになだめようとするも、どうにも様子のおかしい温彩の勢いは止まらない。

(ど、どうすりゃいんだ……)

賢悟の動揺をよそに、温彩の声は大きくなる一方だ。


「んブ!」

とうとう賢悟は温彩の口を塞いだ。こうなりゃ勢いには勢いだ。

ジタバタする温彩を取りあえず押さえ、声を殺しながらたしなめる。

「お前マジでアホか?外に丸聞こえだろうが……」

「うグッ……$△%&……聞こえらっれいぃぶぉん!」

「よくねェわアホ!」

温彩の入ってきたドアは開けっ放し。

賢悟は温彩の口を塞いだまま足先を伸ばし、ドアを蹴って閉めた。

「もが……ちょっろ……放ひれっ……%&<>@」


(はぁ……)賢悟は心の中で溜息をもらす。

やっぱりこの合宿ではろくなことがない。最後の最後にまたこの有りさまだ。今も温彩の勢いに押されまくり、考える暇すらない。

賢悟は、尚且つモガモガと何かを訴えようとする温彩を見下ろした。


(ち、近……)

思わずドキリとする。温彩の長いまつげが、すぐそこで瞬いている。

自分でやっといてなんだが、手も思い切り温彩の頬に触れている。

「……」

急に恥かしくなった。

(どうすんだ……この手)

ちらりとまた温彩を見たが、どうやらまだ手は離せそうにない状況。


やばい……このままじゃ赤面しそうだ。

『好き――』……さっきから連発されてる言葉も、慌てながらも実のところ、脳天にガツガツ反応しまくりだった。こっ恥かしくて死にそうだ。


(だったら昨日のアレは何なんだよ……)

浜で沖と抱き合っていたのは何だというんだ。

賢悟の心中に、またしても何かが渦巻く。


しかし、今はこの状況の方がどうにかなりそうだった。昏迷し、視線が彷徨う。

できることならこのまま抱きしめてしまいたいとすら思った。

温彩の口元を押さえている手も、緩みそうになる。

でも……


でも、そういうわけには、いかない――。


今度は現実でゆっくりと溜息を吐いた。そして、目を瞑ってから静かに言った。

「おい、隣……沖さんの部屋だぞ」

賢悟がそう言うと、ピタリと温彩の動きが止まった。

「……」

そんな温彩の反応に、再び傷つく賢悟。


「ったく。お前が喚いてんの、全部隣に聞こえてんぞ……」

「………」


返答がないことを確かめると、大人しくなった温彩の体をくるりとドアの方に向けた。

そしてそっと背中を押しながら、前に進む。


(部屋から……出される)

そう思った温彩は、咄嗟に賢悟の方に振り返ろうとした。

「ねぇ待って!」

しかし賢悟はそれ以上の言葉を許さず、温彩の肩を掴み進行方向に押し戻した。

そのままドアを開ける。

「そうはいかねェだろ。お前だって沖さんに聞かれたらまずいんだろうが」

そして、

「よく分かんねぇよ、お前……」

そう言って温彩を廊下に送り出した。


温彩は、パタンと閉められたドアを呆然と見た。

(ケン、ゴ……)

空調で冷えた廊下は冷やりとしていた。


「よく分からない」と言った、呟くような賢悟の声が頭の中をこだました。

いつになく、伏し目がちだった賢悟。

その横顔が目に浮かぶと、廊下の冷気と一緒に、賢悟の残像が身を刺した。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ