アナタをおもう。
(言えた……思いがちゃんと、伝わった)
温彩は安堵の息を漏らした。大きな荷物を下ろした気分だった。ホッとしたのと同時に、自足感で満たされた。
何においても、沖が理解してくれたことがすごく嬉しかったのだ。
自分があんなにすらすら喋れるとは思ってもみなかった温彩。
毅然とした態度も、迷いのない姿勢も、心が真っ直ぐでさえあれば難儀なことではない。
もっと早くにこうするべきだったのだ。バカだった。
散々悩み、散々揺れ、自己嫌悪を繰り返しては泣いてばかりだった。
それに、中途半端な迷いで瑞樹に辛い思いさせたことも事実。深く深く、反省しなければいけない。
しかし、嫌いだった自分からは抜け出せたような気がする。
そしてそれは……思い切って踏み出してきちんと整理をつけられたのは、賢悟の存在があったからだ。
そう思う。
しかと‘魔王’の、ご利益があった。
心が軟弱で見掛け倒しで、全然ダメな自分を支えてくれた魔王ならぬ賢悟。
いつも救ってくれ、勇気をくれ、今日は突き進む力をくれた。
一方的に礼を言ったところで、素っ頓狂な返事が返ってくるだけだろう。
しかし、温彩は心から感謝していた。
それに、これから先のこと……
温彩の中には猛烈に、『前』に向いて進みたい気持ちが芽生えていた。
重い荷物を下ろした今だからこそ、はっきりと分かる。
(あたしは、ケンゴが好き……!)
温彩は目を閉じた。
眼、鬣、肩、腕、背中、仏頂面、ヘの字口……
上目遣いに睨むしぐさ、照れると雑になる態度、激しくボールを追う姿、獣のように風を切る姿、そして居眠りしている姿も。
グランドで活き活きしてる賢悟、意地悪だけど憎めない賢悟。
荒っぽいけど優しい賢悟、意外にかわいいところのある賢悟。
沢山の賢悟が、この胸の中にいる。
思っても思っても、心からどんどん思いが溢れ出る。
どうやら心は、すっかり魔王に乗っ取られた。
これからも、ずっとずっと、自分の揺りかごでいて欲しい。そう願う。
たまに見せるあの笑顔を、たくさんたくさん向けて欲しい。
魔王は何て言うだろうか。また‘アホ’と、なじられるだろうか。
でも、それでもいい。
何と言われたって、好きなんだから仕方ない。
温彩は賢悟でいっぱいの胸を抱きしめた。今すぐにでも賢悟に会いたいくらいだった。
決戦の夜を終えた、静かな夜。
なんだか今日は、アナタを思って眠れそうにもない。