-K's side- 試合前夜
一夜が明けた。
今日もうだるように暑く、午前中までダウンしていた賢悟だったが、午後にはなんとか調子を取り戻し、練習に参加することができた。
再び夜になり気温が下がると無性に体を動かしたくなり、少々遅い時間だったがボールを持ってグランドへ向かった。
部屋の窓から、グランド脇に一晩中消えない外灯があるのを見つけていた。
そしてその明かりは幸いゴール付近に差し込んでいる。
「行くか」
入浴を済ませた後だったけど、そんな後先を賢悟が考えるはずもなく、ボールだけに飽き足らずスパイクまで持ち出した。
明日はいよいよ、引退する三年とのゲームが行われる。
今までは攻撃を中心に沖とタッグ組んできたが、明日はお互いに真っ向から闘うことになる。
賢悟はこの勝負を楽しみにしていた。
これまで賢悟のフォワードとしての気質や特性を活かし、冷静なボール読みと絶対的なテクニックで多くのチャンスを生み出してきたのは沖だった。
それだけではない。
ありとあらゆるプレーで幅広い役割をこなす上に、高い得点力を持ち合わせている。
賢悟も最前線において、技術力にスピードとパワー、そして精神面でも沖に引けを取らないまでに上り詰めてきたつもりだった。
そしていよいよその沖と本気でぶつかり合える。今日はそんな試合の前夜だ。
(ぶっ倒れてる暇なんてねえェよ)
賢悟を深夜の練習に駆り立てるのはそのせいもあったが、明日のゲームに挑むには、少しばかり‘振り払うべき雑念’もあった。
この合宿に入ってからはプレイヤーとして、どうにもベストの状態ではない。
熱射病もだが、もう一つ……
午前中まで体を休めて昼からの練習に加わったが、まだまだ本調子ではなかった。その為小まめな水分補給と体を冷やす目的とで、度々水飲み場に足を向けていた。
「ケンゴ、平気?」
洗い場で水を被っていたら、温彩の声がした。
心配して様子を見にきてくれたのはありがたいが、傍らから凝視されると調子が狂う。
視線逃れに、いつものように温彩をからかったものの、自分の放つ一言一句にふくれっ面をしたり笑ったりと忙しない様子の温彩に、どこか気持ちがざわめく。
昨日は昨日で、いくら熱でボケてたからとはいえ、妙なことを口走ってしまった。
この合宿に来てから、自分の中に潜む温彩への気持ちを再確認させられてばかり。
(もう分かってる。オレん中に、はっきりとアイツが居ること)
しかし明日は楽しみにしている試合だ。だから少しばかり、精神を整える必要がある。
だけど……
(オ、オレは呪われてるんだろうか……)
「きゃー!賢悟先輩がんばってぇー!」
運悪く廊下で見つかってしまい、ハナがついてきた。そしてさっきからずっとこの調子。
「うるせえ!遅ぇんだから戻って寝ろ!」
「いやーん、ハナ賢悟先輩と合宿の思い出作りたいー」
(災難だ……)
頭を抱える賢悟。
女難の相でも出ているのだろうか。
身につけた精神力を頼りに、ひたすらボールに向かった。
しかし、賢悟の放つ「話しかけるなオーラ」の全く通用しないハナの黄色い声が、静かな夜のグランドに響いていた。