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決着を

今日の午前中の仕事は、借りた屋上スペースに洗濯物を干すこと。温彩とハナは、洗いざらしの大判のタオルの端と端を持って広げたところだった。

一週間の合宿ともなると多大な洗濯物になる。その為、部員が使ったタオルや練習着などは、施設のランドリーでまとめて洗うことになっている。合宿においての、マネージャーの最重要任務だ。


「もう、賢悟先輩ったらひどいんですぅ!!」

さっきから膨れっ面のハナが、作業の片手間にずっと喋っている。

「顔を見るなり急にターンして逃げちゃうんです!ドロンですよドロン!さすがはトップだけありますよね賢悟先輩……でも負けてなるものかですっ!ハナだって恋のCFセンターフォワードなんですから!」

この合宿に入って猛攻撃に入ったハナの‘小悪魔作戦’は、ことごとくスルーされているらしい。

「あはは、なんかすごいね、恋のCF……ある意味やる気はすごく伝わってくるよ」

「はい!ハナ、バリバリです!シュートシュートシュートですっ」


ハナは自ら豪語するほどの『恋多き女』。

「いつも誰かを追いかけてないとパワーが出ないんです!」

そう宣言し、貪欲に恋に突き進んでいくたくましさは、見た目のかわいらしさとは随分ギャップがある。

「ハナちゃん師匠と呼ばせてもらおうかな」

温彩がそう言うと、ハナは洗濯物を干す手を止め、大きな目を見開いて言った。

「何言ってんですか菅波先輩。先輩超モテモテじゃないですかぁ!」

「まさかぁ、やめてよ」

「何それ、謙遜ですか?!そういう心構えがブーなんですヨ菅波先輩!恋しましょうよ恋っ。私達こんなにスペシャルなポジションにいるんですよぉ?」

「あはは、スペシャルなポジションってマネージャーのこと?」


高校に上がると、見た目もグッと大人っぽい生徒が増える。

中学を卒業してきたばかりのハナに言わせれば、高校はイケメンパラダイスに見えたそうだ。

そして、‘恋に恋する恋多き乙女’……それがキャッチフレーズであり自らのポリシーでもあるハナは、数ある部活の中でもサッカー部に目を付けた。

沖をはじめ、確かにイケている男子が粒揃いのサッカー部。そこにマネージャーとして入部し、現在は賢悟がハナのターゲットになっている。


言うまでもなく、初日のレクレーションで賢悟と姿をくらました温彩は、ハナから怒涛の追求をうけた。

その勢いに押され、咄嗟に「逃げ出した賢悟を追って探し回っていた」と言ってしまった。

なんだかハナに悪い気がして、2人で過ごしたことは言えず終い。

隠し立てするようなことはないつもりだけど、少しだけ自責の念にかられた。

なぜならば、ついつい賢悟に甘えてしまったから。それに……賢悟が垣間見せた太陽の笑顔と肩の揺りかご。そこから離れたくないと、少し思ったから。


合宿3日目、今日も快晴。

相変わらずあたり一面、どこもかしこも青い。青の中には白い雲、それに洗濯物の白いタオルが風ではためく。


作業に追われていた時だった。沢山干した洗濯物の間から、誰かがこちらに来るのが見えた。

練習用の青いユニフォームだ。

「橘、瑞樹がランドリーで洗剤探してたけど、そこにある?」

聞き覚えのある声がして、大きく棚引いたタオルの間から藍色の髪が光って見えた。

「お疲れ様。暑いね」

「あれれ?沖先輩だぁ。お疲れ様でぇす!洗剤ならハナが持ってきちゃってますよー」


この時間、一・ニ年はトレーニングルームでスポーツ講義、そして三年は今日も別室で、日課である自習をしているはずだった。サッカー部の三年は全員大学受験志望者の為、顧問の飯田は合宿中でも三年に勉強させることを欠かさない。


干した洗濯物の隙間を塗って、沖が近づいてきた。

「菅波もお疲れ様。こうして見ると沢山あるもんだね」

いつものごとく優美に笑うと、柔らかな眼差しで温彩を見た。

「いえ……先輩こそお疲れ様です。自習はいいんですか?」

「うん。今日は午後から合同練習だし早めに切り上げたんだ。そう、橘。悪いけどその洗剤を瑞樹に渡してあげてくれる?」

「了解デス!沖先輩の頼みとあらば張り切っていっちゃいまーす」

そう言うとハナは「すぐ戻りますねえ」と言い残し、洗剤の箱を抱えて階段を駆け下りていった。


ハナがいなくなると温彩はどぎまぎして俯いた。しかし沖は気に留めることなく、温彩の手からするりと洗濯物を抜き取ると、高くて手の届かなかったロープにタオルを干してやった。

「し、下で瑞樹先輩を手伝ってくれてたんですか?」

「うん。時間が空いたから少しね」

「すみません、雑用なんてさせちゃって」

「大丈夫だよ、お気遣いなく。こちらこそいつもありがとう」

そう言って沖は、温彩を覗き込むようにして微笑んだ。


温彩は思わずくるりと背を向け、洗濯物をとる振りをして胸を押さた。そして、高鳴りは緊張のせいだと自分に言い聞かせる。

(お……落ち着こう。しかも、これって大チャンス……だよね?)

学校でも部活でも合宿でも、沖と2人きりになることはそうはない。かといって、呼び出すなんてこともなかなか出来ない。

これを逃したら、次いつこんな機会に廻りあえるか分からない。


(私は後輩マネージャーで、沖先輩はサッカー部の先輩、そして、瑞樹先輩の彼……)

心の中で何度か繰り返した。これ以上でもこれ以下でもなく、自分達は同じサッカー部のチームメイトに過ぎない。

続けて念じた。沖と瑞樹にはこれからも、ずっと仲良のいい2人でいて欲しい……そして今こそそれを言わなくては。


切り出すタイミングに息詰まっていると、沖の方から話しかけてきた。

「菅波。ちょっといいかな」

「あ、はい」

細波の様な声で沖に話しかけられると、ドキリとする。猛々しい感じのする練習用のユニフォームも、沖が着ると違って見える。

ブルーに白い襟の付いたサッカー部の練習着。その白い襟と沖の髪が風に押され、ふわりふわりと温彩の心を揺さぶる。

「肩、見せて……」

「え?」


気づいた時にはもう、沖の手が背中に回っていた。

手前に引かれるようにして、沖の胸まで数センチのところで止まった。

「そのまま動かないで」

沖は手繰り寄せた温彩の左肩に手を添えると、シャツをずらして肩の創膏を見た。


「ケガだよね?大丈夫?」

「……はい……大丈夫……」

「例の件、まだ揉めてるの?」

「いえ……大丈夫。です……」

「傷の程度は?」

「たいしたこと、ないです……」

「菅波?」

「はい……大丈夫です」

「困ったな」

そう言って沖は小さく溜息をつくと、

「大丈夫ばっかりじゃ何もわからないって」

そう言って傷に触らないように気を付けながら、温彩のシャツを元に戻した。


肩においていた右手が、そっと温彩の髪に触れた。

「ねぇ、菅波」

耳元で、それなのに遠くで響いているかのような声がする。

「俺、話したいことがある……」

大きなタオルの壁に囲まれた、風に揺らめく白い空間。

洗濯物の影の間で、沖は温彩を引き寄せた。


(やばい、またくる……)

全身が絡み取られて動けなくなる……時間が止まる……


――香ル

(ダメだ……)

――太陽ノ光ガ 見エナクナル

(ダメだ、言わなきゃ、ちゃんと言わなきゃ……)

――甘い香リニ 絡メトラレル

(気持ちは決まってる、早く……)

――先輩ノ手ガ 私ノ髪ニ触レテイル

(やばいよあたし…… また動けないよ、助けて……助けて……)


助 け て ケ ン ゴ―――!!!!!


練習着を干したロープの左端で、賢悟のユニフォームが風に舞い上がった。


温彩は沖の手を振り解いた。体が小さく震えている。でも……

俯いた顔をゆっくり上げると、真っ直ぐに沖を見た。

「先輩……私も話があります」

言える、できる。何故か少し、心強い。

きっと今、魔王があたしに手を貸してる。


はっきりと、決着を、つけよう――。


温彩が次の言葉を言いかけた時、階段の奥の方からバタバタという足音が聞こえ、開いたドアからハナが駆け出してきた。

「あ、沖先輩!みんなグランドに降りるみたいですよおー」

温彩は驚き、咄嗟に横を向いた。そして足元のかごから洗濯物を手に取る。


さっきまで吹いていた風がおさまった。はためいていたタオルも練習着も、今は穏やかな静寂に包まれている。

「ありがとう、今行く」

ハナの呼びかけに、温彩を見たままで返事をした。

そして立てた人差し指を口元にかざすと微笑し、去り際に言い残した。


「明日の夜。消灯の後に浜辺で待ってる……」



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