-A's side- あの手に
八月○日、合宿二日目。今日は早朝にロードワーク。
朝食を取り、一年と二年は午前中はグランドでポジションごとに別れ練習。
三年の受験組みは施設内にて自習。午後から練習に合流の予定。
今日も朝から暑い。
温彩は雑用を済ませ、頭からタオルを被りベンチでノートをつける。
ゴールに近いところでは、一・二年のFW組みがメニューをこなしている。
温彩は自然と最前線の賢悟に目をやった。
あ。
ケンゴが走った。
ケンゴが飛んだ。
ケンゴにボールがまわって、ケンゴの足元でボールが踊ってる。
ジグザグ進んで、キック。
全身で振り返った。
風で黒いギザギザの鬣が逆立ってる。
回った。と思ったら、もうあんなとこまで走った。
すごい。
あれれ?
ケンゴってあんなにかっこよかったっけ?
たくさんたくさん動く間にも、結構色んな表情をする。
あたし……何度かあの手に包まれた。
そして肩に、ドンってやられた。
普段のあいつを見てると、なんだかウソみたいだけど、ケンゴって優しい……よね?
あの手にまた、包まれたい――?
って。あたし、ケンゴに甘えてるのかな……
あの後もずっと一緒にいてくれた。
耳と胸に残る波の音とTシャツ越しのケンゴの熱。思い出すと安心する。
あたしが黙ってると、ケンゴも黙っていてくれる。
泣いてると、優しく受け止めていてくれる。
不思議。魔王のくせに……
あ、シュート決まった。
こうしてグランド脇から見ていると、ケンゴって随分大人っぽい。
ピッチ上で、すごく目立ってる感じがするような……気のせいかな?
ふふん。
今日は悪態つかれないようにそっと見てるんだ。
マネージャーとしての位置から部員を見るのは自由だもんね。
だから文句ないでしょ?上代賢悟。
あれ? 目が合った?
あはは、やばいかな、また文句言われるかも……
って、え? 今笑った?
うそ、あたしに? まさかあのケンゴがそんなわけないよね。
でも。
一瞬で見逃しそうだったけど、ちょっと、‘片眉’、上がってた。
よね?
やだ、なんか、ドキドキする……。
サッカーグランドの後ろから波の音が聞こえている。グランドの後ろから?それともこの胸の中から?
海は今日も澄み渡っている。そして温彩の気持ちも……?
一方、施設館内の5階。
自習中の三年が使っているミーティングルームの窓からは、グランドの様子が見える。
一区切りついた沖は、青空の下を眺めていた。
練習中の後輩達、ベンチに座るマネージャー……
窓際に座って頬杖をつくと、沖は温彩の後ろ姿をぼんやりと見た。