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夏合宿へ

夏休みに入り二週間が過ぎた。

八月の太陽は手加減を知らず、地面を焦がさんとばかりに照りつける。

今年の暑さは異常だった。

公園には、午前中というにもかかわらず耳が痛いほどのセミの声と、夏休み中の子供達の声が響き渡っている。


いよいよ今日から夏合宿だった。

サッカー部は合宿所へと出向く為、大通りに面した公園の片隅に集合していた。

斜向かいのバスセンターから貸切のバスに乗り、ささはまの合宿所へ向かう。


「ううう……!一年大山、三崎、お前ら元気だったかぁー! おお二年迎に大田……お前らも会いたかったぞぉぉぉぉ~~!」

勉強浸けの毎日で、すっかり生気をなくした元キャプテンの筒井が、集合した後輩たちにまとわり付いていた。

一学期を終え、事実上引退となっている三年。彼らは夏休みの練習からは退いている。それぞれにゼミや塾通いなどを始め、受験勉強を開始している者が殆どなのだ。

「い、いやいや、 そんなにずっと会ってないわけでもないッスよね?」

「用もないのにしょっちゅう練習見に来てるじゃないですか」

口々に突っ込まれ嬉しそうにする筒井と、そんな筒井の様子を来年の自分たちに重ねゾッとする二年の面々。


なんだかんだと言いながらも、海辺の合宿所へ向かう一行は盛り上がっていた。

元気なハナの声も響いている。

瑞樹と温彩は、部員数と集合数を合わせ顧問に報告したところだった。

2人は時間までしばらく雑談をしていた。

「瑞樹先輩、この合宿からはあたしが責任もってマネ業務の全般みていきますから。だから瑞樹先輩は気楽に過ごしてくださいね」

「ありがと温彩。頼りにしてるね」

「沖先輩と、最後の夏の思い出作ってくださいね」

「ん……ありがと」

そう言葉を交わすと微笑み合った。


集合を終えるとセンターに移動し、いよいよバスに乗り込む。公園の大きな木の陰から出ると、半袖から突き出した肌がジリジリとした。

天気予報によるとこの一週間はおおむね晴天らしい。


予約していた貸し切りバスが目の前に横付けされた。

扉が開くと同時に、待ってましたと言わんばかりに部員達は勢い良く乗車した。冷房で冷えていたはずの車内も、全員が乗り終えると熱気が漂った。

上段の棚に次々とスポーツバッグが放り上げらる。どやどやという混声が車内に広がる。


しばらくして皆が座席に着き終えると、エアの音を鳴らして扉は閉まった。バスはゆっくりと、夏真っ只中の浜辺へと進路を向けた。


笹ケ浜の合宿所まで、おおよそ1時間半程だ。それまでは各々が自由に過ごす。

張り切る筒井が一年の三崎たちと歌い始め、元キーパーの小林は二年の迎らを誘いトランプを始めた。

顧問である飯田監督も、「おいおい、まだ出発したばかりだぞ」と注意を促したが、それ以上は咎めなかった。合宿中は『自重自戒の合宿生活を心がける』というモットーを掲げ、「オンとオフの切り替え」という自己のコントロールも課題の一つとされているのだ。

厳しいトレーニングや練習メニューをこなしながらも、レクレーションはレクレーションとして楽しむ。そういうオン・オフの中で、切り替えのできる自分を目指す。……そんな意味が込められているのだと、部員達は解釈している。

単に合宿を楽しみたいが為の‘こじつけ’であることは否めないが。


温彩は出発後、飯田監督の隣の席に着き打ち合わせをしていた。

10分ほどでそれも済み、書き留めたノートを片手に、荷物を置いた最後部の座席を目指した。

到着までは少しゆっくりできそうだ。


揺れるバス内の通路に立ち、座る予定にしている場所に目をやった。すると、一段高くなったそこにドッカリと座り、早くも居眠りをしている賢悟の姿があった。

(あららら)

突き当りまで行き着くと、左の窓側で瞑想中の賢悟に目をやる。

(なんだか、修行中のお坊さんみたいね……)


足元には脱ぎすてたハイカットのスニーカーが転がっていた。両足を曲げ、前の座席につま先をひっかけた格好でバスに揺られている。

苦行な体勢だなと思い、温彩は少し笑った。

荷物を反対の端に寄せると、瞑想中の修行僧から一席あけた通路正面の席に座った。


一方、バスの振動以外の揺れを感じた賢悟は薄目を開けた。そして眼球の動きだけで横を確認した。

二つ隣に座った温彩と目が合ったが、そのまま無言で夢の世界に戻る。


いつものことだ。

温彩は構わず、ヒソヒソ声で話しかけた。

「おはよ……暑いね」

「……」

「道が混んでるから二時間近くかかるかもって」

「……」

「寝ちゃったの? また寝癖ついちゃうよ」

「っせーよ」

「お、返事した」

「ンだよっ」

「イシシシ」


前方では、中腹あたりの座席にいたハナがキョロキョロしていた。

後部座席に、不機嫌顔の賢悟と含み笑いの温彩が小突き合っているのを見つけると、

「あー菅波先輩~!わぁーい、ハナもハナもぉ~! 」

そう言って立ち上がった。

そして走行中のバスにもたつきながら、ニコニコ顔で温彩たちの方に向かった。

一緒の座席だった大山は、放り出されて不服そうだったが、自由奔放のハナは気にすることはない。


賢悟はヘの字口を思いっきり引き伸ばし、声を殺しながら温彩に抗議した。

「ほら見ろ! お前のせ~でアイツこっち来てンじゃねーかよ」

「何でよぅ。いーじゃないの、楽しく、楽しくヨ」

「前からアレ何とかしろって何度も言ってんだろが!」

「ダメよ。小悪魔なんだからハナちゃん」

「あ!? クマって何!」


そういうやり取りをしている最中にもハナはやって来た。そして2人の間の席を陣取ると、合宿所に着くまでずっと喋り通しでいた。

その間賢悟は身を縮め、終始恨めしそうに温彩を睨みつけ、温彩は膝を揃え首をすくめながら苦笑いを繰り返していた。


ハナは賢悟の隣に座れて楽しそうにしている。

「ね、ね、今日の海っ!目一杯楽しみましょうね、先輩たちっ!」

合宿所への到着後、午後の予定はレクレーションで、「海水浴」ということになっている。

(先が思いやられる……)

賢悟は、行きのバスで早くもくたびれてしまった。



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