賢悟となら?
(き、……急に、何を……!)
賢悟は突然の不意打ちに大仰天した。
何かで脳天をぶっ叩かれたみたいだった。もしくは、ねずみ花火を脳内にぶち込まれた。
とにかく何かがバチバチと音を立てて、体中を駆け巡った。
「クールでワイルドで、それからセクシー、だったっけ?」
(んな……何を言ってるんだ……?!)
後ずさりしそうになる。
たちまちバツが悪くなり勢いよく赤面すると、焦って何を言い返していいかわからず、賢悟は見事に口ごもった。
「バ、バッカじゃねーの?! なんだそりゃ!」
場もたせに気もたせで賢悟が言うと、
「そんなこと言ったらかわいそうじゃない。ハナちゃん本気なんだよぉ。ケンゴの全てが好きなんだって」
と温彩。
「なっ、は!?」
振り切れる寸前の賢悟のタコメーターの針は、妙なところで止まってしまった。
沸騰直前にスイッチを切られたようでもあった。
(ぶ……ぶっ倒れる……色んな意味で………)
すげー体に悪りーんだけど! などと腹の底で突っ込みを入れまくりつつ、「そう言えば」と思いあたることがあった。
斜面に体を預ける体勢だった賢悟は一気に起き上がって叫んだ。
「そうだよ……! 妙にまとわりついてきやがるあのチビ! あれ、お前がけしかけたんじゃねーだろうな?!」
温彩はクスクスと笑った。
「まさかあ。ハナちゃん、初めからケンゴが好きだったんだってよ」
「お前……アイツ何とかしろ!」
赤面の治まりきれない顔をごまかさんと、烈火のごとく怒りの形相をみせる賢悟。
温彩は、思ったとおりの反応を見せる賢悟がおかしくてまた笑った。
温彩は、いきり立つ賢悟から逃げるようにして立ち上がると、転がしたままにしてあったボールを蹴り始めた。
川の方に向かって、ぎこちなくちょこちょことボールを運ぶ。
賢悟はというと、全てが大いに不服だった。
それからボールを取り返そうと温彩を追った。
「おいコラ、返せ」
賢悟は温彩を追い越した。あかんべぇをする温彩。
が、次の瞬間、
「きゃ」
不馴れなドリブルをしてボールを踏んでしまいバランスを崩した。
「っと」
賢悟は後ろ向きに倒れそうになった温彩の腕を掴んで支えた。
その反動と勢いで、温彩はそのまま賢悟の胸の前まで跳ね戻ってしまった。
「悪い」
咄嗟に賢悟は、このまま引き寄せればいい距離から、すぐに間を取ってしまった。
内心その機敏さを自分で悔やむが、温彩が大丈夫なのを確認すると、腕からも手を離した。
「気をつけろ」
「ご、ごめ…… ありが、と……」
「……?どうした」
「………」
なんとなく、温彩の様子がおかしい?
身をかがめた温彩を見ると、掴まれた腕をもう片方の手で覆っていた。
「悪い。掴んだとこ、痛かったか?」
問いかける賢悟の言葉が耳に入っているのかいないのか、温彩は動かなかった。
「おいって」
そういって覗いた温彩の顔を見て賢悟はハッとする。
今にも泣き出しそうだ。
(な、なんなんだ……?)
賢悟は混乱した。
(そんなに引っ張ったっけか? つかオレ、何か妙な発言したか?)
頭をフル回転させて思いつく限りの心当たりを探っていたが、次の瞬間ポロリとこぼした温彩の涙を見て、その理由が自分ではないことを察した。
賢悟は、近頃の不安定だった温彩の様子を思い起こす。
温彩は、軽いフラッシュバックをおこしていた。
(ケンゴに掴まれた腕…… あれ…… 先輩……?)
忘れるべき記憶が甦る。何度も振り払ってきた思いが立ち上る。
西日に反射して光る藍色の髪が揺れる。ダメだ、ダメだ、ダメだ、という自分の声が響く。
そして、涙がポロポロと、続けざまに頬を伝った。
「……い」
「……ぉい」
「おいって!」
「えっ??」
ハッとして温彩は我に返った。
賢悟が呼んでいた。
「あ、あれ……」
そして、知らずに流した涙に自分で驚き、慌てて拭った。
「やだ……あたし、ごめん」
その時、低い声で賢悟が言った。
「ちょっと来い……」
「え?」
「いいから、ちょっと来い」
溜息をつきながら賢悟は、温彩の手を静かに引いた。
賢悟は温彩の頭に手をかけると、自分の左肩にドスンとぶつけた。
うろたえながら温彩が言う。
「イタっ、痛いケンゴ、あたしボールじゃないんだから」
抗議する温彩の言葉を遮って賢悟は言った。
「いーから暴れんな。なんか知んねェけど、今日だけここで泣いとけ」
「え……?」
「いいからよ。今日はここで泣いとけ」
しばらく沈黙が続いて、消えそうな声で温彩は返事をした。
「うん……」
初夏の夕風がするりと2人の横を抜けていった。
河原に温彩の鼻をすする音がした。
川の音が聞こえる。
風の音も聞こえる。
賢悟の肩のぬくもりがする。
しっかりと現実に、立っている。
「あたし、大丈夫……」
「んあー」
「ごめん」
「あぁ」
ちゃんと返ってくる声がある。
温彩は鼻声で賢悟を呼んだ。
「ケンゴ?」
「なに」
「ケンゴ」
「なんだよ……」
続けて名前を呼んだけど怒らなかった。
「ねえ?」
「いいから、もーちょいそうしてろ」
低音で返ってくる声。
「またここで、話ししてくれる?」
「あー」
「じゃ、ケンゴの一人練習、また見に来てもいい?」
「い~よ。お好きにどうぞ」
そしてもう一度「ありがと」と呟く様に言うと、賢悟も小さく「おぅ」と、返事をした。
久しぶりに頭が空っぽでいられた。すごく穏やかだった。
ここでなら?
それとも、賢悟となら……?
なんだか、すごく不思議な感じだった。
湧き上がる何かにそわそわして、肩から視線を上げた。
すると、寝癖のついた賢悟の髪が見えた。
「やだ、クスクスクス……」
「おい」