汝、赤きものを欲せよ
鋭い銀と胴が重なり合ったのが戦闘の合図となった。
相対する者の太刀筋を完全に見切ることができない
勇者のしなやかな筋肉は、一分持たずに硬直していく。
まるでこうなることが必然であったかのように
朱に染められていく体。
痙攣する足。
動かない脳
目の前の戦士の身のこなしは演舞そのもので、
華麗で美しかった。
鋭い剣捌きは高い芸術性と時に知性を感じさせた。
男が自分よりも遥かに格上であることは
すれ違った時から勇者にはわかっていた。
避ける選択肢も、もちろんあった。
しかし、なぜか今の勇者はそれを望まなかった。
挑みたい。
ただその気持ちだけで勝負を懇願した。
決着がついたしばし後、男は銀の山へ登ると勇者に告げた。
そこにいる沢山の魔物を討伐しにいくのだと語った。
その目は覚悟に満ち溢れていた。
自分は生きて帰れないかもしれないと
弱気な言葉も発していたが、
彼の息遣いは全く違う感情を表していた。
次元の違いを痛感した。
だがしかし、
情けをかけられたにも関わらず、
その後に見た地平線は、いつもより赤く輝いていた。
手を抜かれた悔しさもあったが
純粋に、勇者は初めて剣を振るうことに楽しみを覚えていた。
心地よい乙女の吐息を思わせるような風を感じ、
高潮した勇者の心。
いまだ流れ落ちる赤い汗を、少しづつ
舌ですくっていた己を受け入れていた。
もっと剣が上手くなりたい
ただひたすらにあふれ出る思いを、
勇者はぐっと飲み込み
同時に瞳から滴り、口元までたどり着いた水分も舌でなぞった。