勇者の生まれた日
茄子紺色の雲が
赤いはずの太陽を砕いて
自らの中に散らばせて弄んでいた。
その切れ間から注がれる陽光も黒く
ジャスミンの大地に 大きくて均一な
無数の斑点を浮かび上がらせていた
はるか遠くの山脈方面からは
様々な色の混ざり合った煙が雲を貫かんとしている
それは見たこともない色同士のせめぎ合い
勇者が見たこともない景色
しかし、その大陸の空と雲の輪郭は
自分が生まれた日と同じだ
ということを彼は知らない
勇者の生まれた日
それは
彼が初めて涙を流した日で
沢山の人々に祝福をされ
そして無意識のうちに
生き残る
という使命を与えられた日
その記念すべき日の光景を
勇者に伝えられる者は
もうこの世界には一人もいない
彼と血の通う者は皆魔王に殺されてしまったから
自分の悲しみを受け止めてくれる人は居ないから
自分の見た世界を供に分かち合える者もいないから
勇者は 今 一人だから
放浪の果てに勇者がたどり着いた場所
それは彼が初めて吸った恵みのある大地
記憶には無いが
受け継がれた魂の奥に刻み込まれている大陸
ここでの冒険はとても厳しいものになる
そこが自分が生まれた大陸だという
事実を知ることはできない
しかし勇者は何故か懐かしさを感じていた
そしてこの先に待つ沢山の者たちとの出会いを
過酷なる試練を
自らに課せられた定めの重みを
これから起こる全てを受け入れることを欲し
帰るべき場所へやってきた勇者は
やがてすぐに魔王の洗礼を受けることなった
脳乱
勇者は
吹き付けられた返り血を右掌でぬぐった
口の中は 知り尽くした苦い朱の色 で
満たされていた
強引に入り込んでくる液体を受けいれた際に
湧き上がる感情はいつも多彩だった
その日、勇者は酷く不快な感覚を覚え
目の前で途切れ途切れに息を吐き
自らに腹を見せて
服従の合図を送っている有情の頭蓋骨目掛け
叩き割らんと剣を振り下ろした。
しかし、
刃は密林を生き抜いてきた知恵が
備わった猛獣の頭に敗れ去った。
何度も何度も振り下ろした
何度も何度も振り下ろした
眼下の魔物は
すでに遭遇した時点の
体をなしていなかった
勇者の剣は真っ赤に染まっていた
心は黒い粘膜に覆われていき
見知らぬ誰かのもののように感じられた
なぜ 私は こんなことをしてしまったのか
勇者は
自分で自分の行動を理解できずにいた。
私は
正しい事を行う為にここにきたはずなのに
これ以上 傷つける理由などないはずなのに
勇者は己の剣が現した異物をじっと眺めた。
吐き気をもよおし、たまらず右手で口を塞いだ
頭上の闇は深みを増していた
遠くで誰かの甲高い笑い声が聞こえた