ある男の手記ー1ー
優れた人間とは何でしょう。
自分には所謂できない人間と云うものが理解できないのです。
自分の両親は特に優れた人間ではなく、平凡な教育を受け、平凡な家庭を築いた一般的な人の感想としては普通やいった評価をつけられる人間だと認識しています。そういう家庭で生まれ育った自分も勿論その普通というものでしょう。
子供の頃は病弱で幼い頃の記憶は自室の窓から吹き付ける木々と机に置かれた本のインクが混ざった何とも穏やかな匂い、それに献身的に看病をしてくれた母の顔が大部分を占めていました。
そんな環境だったので外で賑わう子供達の声に少しの憧れを抱きながらも読書に時間を費やしていました。
また、自分は家族から何か言われて口答えをするようなことは滅多にありませんでした。外界を経験していない自分には本と家族から与えられる知識がどれも青天の霹靂で、その全てがこの世の万人に通ずる真理であると信じて疑わなかったのです。
そんな自分も母の看病のおかげで体も強くなり、小学校の後半に差し掛かる頃には普通に学校にも通えるようになりました。
ただ、自分には同級の子供達が普通ではないように感じたのです。感情のままに行動し喚いたり意味もなく走り回ったり、それはなんとも気持ちが悪く膠を無理やり喉に塗りつけられるような息苦しさを感じました。そして、それを良しとする先生方も、ベットの上で過ごしたそれまでの日々で学んだ社会というものとは違ったのです。
クラスメイトに武村という男がいました。身の丈は自分と変わりませんが大変活発で昼休みには真っ先に食事を終え、率先してドッチボールを始めるような男でした。それ自体には何も感じることはなかったのですが、彼とは何ともいえない壁のようなものを感じていました。
ある日の放課後、武村は自分に無邪気な笑顔で一緒にドッチボールをやらないかと持ちかけてきました。彼との間に壁を感じていた自分ですが、学校という場は集団生活を学ぶ場でもあると本に書いてあったので少しの躊躇はありましたが、その誘いに乗ることにしたのです。
夕暮れの校庭にいびつにも四角くひかれた線の中でボールを投げ合っているうちに武村が投げたボールが自分の顔に当たったのです。それは勢いよく当たったので目の前にチカチカと火花が散ったような感覚と鼻腔のあたりから漂う血の匂いでその場にうずくまってしまいました。すると先程まで騒ぎたてていた口に毛布でも押し込んだように静まり、彼が自分に駆け寄り大丈夫かと聞いてきたのです。それを聞いたところでどうという事があるのかと思いましたが、ただ自分はコクリと頷き彼の心配に答えようと顔をあげましたがそこには自分の反応に気づいた彼が笑顔で安堵の表情を浮かべているのが見えました。
なぜ武村はそんな顔をしたのでしょう。まさかとは思うが自分が大丈夫と反応したのでボールを顔に当てたという罪が許されるとでも思ったのでしょうか。それはとても許されざる事であり、罪悪感というもが欠如しているように思えてなりませんでした。何をしても相手が大丈夫と言えば許されるのでしょうか。自分にはそうは思いませんでした。
ベットで生活していた頃、寝小便をした自分に母は大丈夫と言いましたが、布団の洗濯と24時間の水分補給禁止を命じました。自分が行った寝小便という罪に対し、罪には罰がついてきますと身を以て教えてくださいました。
何事もなかったかのようにゲームを再開しようとした武村を追いかけ、彼の顔に拳骨をお見舞いしてあげました。彼にも罪には罰が付いてくると教えてあげたのです。




