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1.さよならとはじめまして

__あかねちゃん、お弁当箱出して


暗闇からおかあさんの声がきこえた。学校から帰ったらすぐに弁当箱をシンクに出しておいてね、と、おかえりの後に必ず言う。わたしは忘れっぽいから、さっき言われたことも歩いたらすぐに忘れちゃうのだ。

__あかねちゃーん、お弁当ー

もう忘れてた。お弁当箱っと。わたしは弁当箱の入ったバッグに手を突っ込んだ__つもりだった。


「あれ、?」

バッグに突っ込んだはずの手は空を切った。と同時に暗闇から覚めた。目を開けたのだ。瞬間に眩しい光が一瞬目を眩ました。そして、ぱっと目に映りこんだのは、空を掴んだわたしの腕と、白い天井だった。__わたしの家ではないということはすぐにわかった。

「……えー………ええ?」

真っ先にここはどこなのか、わたしはいままで一体何をしていたのか、記憶を辿った。

ええと、今日は金曜日で、みっちり6時間目の授業があって、テスト前だから部活はなくて、、友達の由夏(ゆな)とまっすぐ帰ってきた………よね?


「え、由夏は?」

忘れっぽいわたしの記憶が確かなら、いっしょに帰ってきたはずの由夏はどこにいるのだろう?


わたしは恐る恐る起き上がった。目を開けた時、白い天井だったから病室の類だとばかり思っていたが、違うようだ。 ゆっくりとあたりを見回したところ、畳6畳ほどのコンクリート造りの四角い殺風景な部屋だった。壁紙やカーペットなどはなく一面真っ白な、いや、少し灰色がかったコンクリートだった。天井には蛍光灯はなく、窓もないため、朝か夜かもわからない。だがなぜか明るいのだ。太陽の光でも蛍光灯の明かりでもない、何かが発する明るさ。不思議だ。 わたしは部屋のちょうどど真ん中にベッドの上にいた。ベッドとはいっても、ホテルにあるようなきれいでふかふかなものではなく、マットはかたいし、少し動いただけでもミシミシギシギシと音を立てるものだった。

まあ、コンクリートの床に寝そべるよりはいくらかましなのだろう。

「さみし………」

ああ、やだ、忘れてた。由夏よ、由夏を探してたの。もう、この忘れっぽさは異常だわ。園児時代からの友達のことを一瞬で忘れしまうなんて……。

でも、この部屋には由夏は見当たらなかった。

なんせこの部屋にはベッドとその上に座るわたし以外何もない。ひとが隠れるような所も窓も、扉も……………


「…んん??」

正面の壁に何か違和感を感じた。正面の壁を、そう、縦に3等分したとき、ちょうど中央の壁の色が少し、ほんの少し濃いのだ。ほかの壁が少し灰色がかっているのに対して、そこだけ雨に濡れたかのようだった。


「由夏…」

なんとなくその色の違う壁の向こうに由夏がいるような気がしてならなかった。気配というか、長年いっしょにいたからこそわかる感覚というか…

その時一瞬、ズズズと鈍い痛みが頭に響いた__ような気がした。____あかね…


わたしはベッドから飛び起き、例の壁の前に立った。その壁はちょうどわたしと同じくらい、気持ち高めだった。

なぜここだけ色が違うのか。その謎はだいたい予想がつく。わたしはこう見えても推理小説などはよく読むのだ。まあ、この数ヶ月前からだけど。ああ、こう見えてもというのは顔、見た目ではなく忘れっぽい性格ってことだから、勘違いしないでほしい…!


まあまあそんな変な意地は置いておいて、この壁は恐らく、扉であろう。引き戸とか向こう側に開くような扉ではなく、押したり叩いたりするとどこかにスイッチがあって開く……そんな類の扉。なんだか洞窟の秘密の通路への壁のようで、不安だけど内心わくわくしている自分がいた。 起きた時殺風景な部屋にひとりぼっちと気づいた時はさみしいと思っていたのに、由夏がまだみつかるかもわからないのに、不謹慎だろうか。

由夏……。 由夏の顔を姿を頭に描こうとしたとき、また、先程感じたのと同じズズズと鈍い頭の痛みがした。___…めんね、ごめんね…


わたしは恐る恐るだが、しっかりとその壁に手を添えてぐっと向こうに押した。 すると、ビシ、ビキビキ、とそれは何十年も放置され朽ちた廃墟の扉を開けたような重い音をたて、開いた。

「……ビンゴ!」

わたしは自分の予想が当たり、自分で自分に拍手した。

「まあ、押してみることは小学生でもできるか」

このくらい当然だと思い、気持ちを抑え深呼吸して、開いた扉の向こうを見据えた。


「………あ」

そこには、わたしがいる部屋と全く同じ、そう、鏡に映したような光景だった。一面コンクリートの6畳くらいの四角い部屋。その中央にはわたしが寝ていたかたい、古びたベッドが置いてあった。

この部屋にいるような気がした由夏の姿はなかった。


「……あっ!」

ベッドのすぐ横に何か光るものがあった。わたしはもうひとつの部屋に駆け込み、光る何かに近づいた。

「由夏のだ…」

光るものはスマホだった。画面は真っ黒だったが、左上の通知を知らせるランプが光っていたからバッテリーはあるようだ。これは由夏が持っていたものだ。その証拠にスマホとケースの間にわたしと由夏が写ったプリクラが何枚も入っていた。小学生高学年のものから今現在高校生のわたしたちが写ったプリクラ。よく学校帰りにゲームセンターに通ってはプリクラを撮っていた。 でもそれはとても昔のことに思えた。そして、由夏の顔を思い出したのはこのプリクラをみて初めてだということに気づいた。

「どうして、由夏…わたしはなんで?」

また、ズズズとそれも由夏の姿を描こうとしたときよりも激しい痛みを感じた。___…な!!ゆな!!いやだ…


友達とはいえ、ひとのものを勝手にいじるのは躊躇したが、非常事態だし、だれかに連絡をとれるかもしれない、もしかしたら由夏を探すヒントになるかもしれないと思い、電源ボタンを押した。

同時にずらずらと並んだ文字が、文章が目に飛び込んできた。ズズズと頭に痛みが走った。__だめ、だめよ、だめなの…


「ううっ…」

スマホの画面に映し出される文章が、否応なしに目に頭に飛び込んでくる。ズズ、ズズズと激しい頭痛がする。

『あかね、ごめん』

文章が、

『ごめん』

言葉が、

『ごめんなさい、ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいしねごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめ』


ズズズ、ズズズ…………ズン…!!!激しい痛みがそこで弾けた。わたしはやっと我に返ったようだった。わたしか、わたしの中か、はたまた別の誰かが、低く笑ったような気がした。


途中で文章が止まっていた。というより、止められたのか。連なる文章は某書き込みサイトの投稿欄にあった。投稿はされてなかった。投稿ボタンを押す前に……。

クククっと低い笑い声がきこえた。 あの激しい頭痛はもう消えていた。


わたしは何かに操られているように、いや、自発的にだろうか、なんだかまだぼうっとしているようだが、立ち上がった。

そしてベッドの左側の壁、最初からあったかのようにはめ込まれた大きな窓を見た。はめ殺しの窓で開きはしないが、外の世界が見えた。


近づいて外の世界を眺めた。ケタケタと低く笑う声がした。

空は太陽はみえなくて、一面分厚い雲で覆われていた。でも、眩しい光は差し込んできていた。初めて目を開けた時に入ってきた光はこれなのだろう。もしかしたらぼうっとしていて気づかなかったが、最初のわたしの部屋にもこのような大きな窓があったのかもしれない。いや、きっとあったのだろう。不思議とそう思えてきた。


外は静かだった、ように思えた。車は、走っていないようだった。歩く人影もどういうわけか見当たらない。まあ、わたしの住む町は都会ではないから、元々人は少ないし、たまたまだろう。

でも本当に静かだった。由夏のスマホの時計をみたところ、今日は金曜日、16:57となっていた。この時間ならもうそろそろ小学生が友達の家から帰り、一部の会社員はわが家へ向かうころなのではないか。それでも子どもの声も車を走らせたり、女子高生の賑やかな話し声は聞こえなかった。

わたしの記憶の中ではあのうるさい、忙しないひとびとの足音、子どもがはしゃぎながら高い声を出して走っていく光景、女子高生がげらげらと大きな口を開けて誰かのものまねをして笑いながら歩く姿が映し出されているのに。


「わたし、死んじゃったのかなあ」

ボソリと、でもはっきりと口にした。わたしの声ってこんなに低かったっけ。でも、薄々気づいているのだ。この状況を。変に落ち着いていた。異常なくらい静かなこの町をみても、わたしは驚かなかった。由夏の書き込みをみて頭痛が弾けたときにネジが何本か外れてしまったのだろう。

「あーあ。そっかぁ」

わたしは何かに納得した。そして、クククと笑った。同時に静かな世界に音楽が響いた。由夏のスマホの時間は17:00になっていた。5時のチャイムがなったら良い子は早く帰りなさいとおかあさんに口を酸っぱくして言われていた。わたしはいい子じゃないから帰らなーいと小学生のころ、由夏と言っては笑っていた。遠い、遠い昔のようだった。頭痛はしなかったけど、心臓のあたりがビリっと痛んだ。


わたしは精一杯伸びをした。ポキポキと背中が鳴った。起き上がってからずっと背中が曲がっていたようだ。

ふうと息をついて、もう一度窓の外をみた。やはり人影は見当たらない。車も走っていない。声も音も鳥の鳴き声も聞こえない。5時のチャイムはいつのまにか止まり、また最初の静かな世界に戻っていた。

「ああ、やっぱりそうなんだ。」



この世界からひとが消えた。

命あるものすべてが消えた。

わたしひとりだけを残して、消えた。

由夏も消えたのだ。


「あー、ちがうか。」

”消えた”のではない。

消したのだ。

わたしが、この手で、この指先で。

わたし以外の生き物をすべて、わたしが、消した。


あの時、由夏の書き込みをみて、思い出した。

わたしも某書き込みサイトに書き込んでいたのだ。由夏のようにずらずらと、友達のこと、勉強のこと、学校のこと、嫌いな人間のこと、好きな音楽のこと、この世の中で、世界で生きることのつらさを、ずらずらと書いていた。__由夏は、友達じゃない。心の奥底から誰かが吐き捨てた。


そして、文章の最後はこう締めくくった。

『みんな、みんな、消えてしまえ。消えろ、消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろし消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ。死んでしまえ。』


わたしは投稿ボタンを押した。

由夏は押していなかった。


投稿時間を確かめなければわからないが、きっと、同じ時間帯にわたしたちは書き込みをしていてわたしの方が先に投稿したのだと思う。

そして、文章の通りになった。わたしは何故か取り残されたが、わたし以外の生き物は消し飛んだのだ。


「……わたしの勝ちだ。」

これに勝ち負けがあるのか、わからないが、これははっきりと口に出した。

「ああ、やっとだね。やっと静かになったね。やったね」

わたしはわたし自身か、はたまた別の誰かか、いや誰にでもないのか、笑みを零し話した。


「やったね……」

息を吐くように呟き、途端に全身の力が抜けた。膝から崩れ落ちコンクリートの床にぺたんと脚をついた。

目の前がぼやけた。目が熱い。ツーーと目から熱いものが頬をつたい顎で止まり、落ちた。泣いていた。

ふふふと笑っていた。


由夏のスマホをもう一度見返した。

そして、由夏の書き込みを全て消した。


由夏を、消した。


「さよなら」


もう一度、心の中でさよならと呟き、目を閉じた。


静かな世界に溶け込んだ。



























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