不動瑞樹は魔術師である
俺の名は不動瑞樹。経歴不明の大学講師兼探偵を営む29歳男性。
と、いうのがこの世界での筋書き。その本性は異世界からやってきた正真正銘の異世界人である。
この世界で驚いたことは大きく分けて2つ。
1つ、俺の住んでいた世界には存在しなかった概念。『科学』という存在。
俺たちが魔術や魔道具で解決していたことを、石油や電気なるものを用いて、それに近いシステムを組み上げていたことだ。
当時の俺は信じられなかった。魔力もろくにない人間風情が文明を築けるわけがない。賢者、もとい魔術師が新たな魔術を開拓し、それについていくだけの存在としか思っていなかったからだ。
この世界の歴史に、少なくともこの2000年間の間に魔術師のような人間は記録にない。知れば知るほど、この世界は謎だらけだ。
そして2つ目。
この世界にも、確かに魔術は存在していたこと。
さきほども言ったように、この世界には科学によって魔術師のいらない社会を構成した。故に、魔術、またその素となる魔力すら認知していない人間ばかりだ。
9割9分の人間は。
接触してきたのはこちらの世界の魔術師。『魔術師連合』を名乗る女からだった。
ようやくこの世界の常識に馴染んできた頃のことだったので、まさか魔術を見て驚くことになるとは、不覚だった。
俺はそいつと対話することにした。
何故無限の魔力によって文明を構成するのではなく、有限の物資である石油や電気を用いているのか。
この世界は科学の発展とともに、多くのものを失いかけている。
環境の温暖化。砂漠化。いつくるかわからない天然物資の枯渇。
そこに魔術という概念が登場するだけで、これらは大きく解決の方向に進むであろう。
なのに、何故それを怠るのか。この世界の魔術師は社会の陰に潜み、その姿を一向に見せようとしないのか。
女は答えた。連合はそれを逆手に取るつもりだという。
それらすべての問題がどうしようもなくなったとき、彼らは颯爽と現れて魔術という未曽有の技術を提供し、世を掌握するという。だから今は世界に魔術を認知させない。徹底的な隠蔽工作を敷いているのだと。
合理的ではある。が、それは魔術師のやることではない。
魔術師と人間の違い。備え持った魔力の量はもちろんだが、本題はその欲求にある。
人は支配欲求を持ち、社会的に優位な立場であろうとする傾向にある。対して魔術師は『己の知識欲のみ』に偏っている。
魔術における極地。それは全知全能を得た魔法使いのみ扱うことのできる『魔法』の会得。
それに人生のすべてをかける生き物。それが魔術師。
だから、この世界の魔術師とは関わらない方向を選んだ。
あまりに歪な野望を抱くような彼らは、俺から言わせれば魔術師ではない。
ただ、最初に話したこの女以外は。
「やあ、君から逢いに来るなんて珍しいね。アポなしで来るところは君らしいといえばらしいが」
とあるビルの地下にある陰気な部屋、もとい彼女の工房。窓はおろか、地下に造られているので日の光が入ることもない、いるだけで気分が滅入ってしまいそうなこの場所に、彼女はいつもいる。
コスプレのような黒のマントを身につけ、病的なほど純白な肌と、一般人とは程遠い銀色の長髪。日に当てたら溶けて消えてしまいそうな、そんな浮世めいた容姿の女。
「久しぶりだな万代利果。陰キャっぷりは相変わらずだな」
「いきなり訪ねてきて罵倒かい。相当余裕がないと見たが、あらかた予想はできるよ」
「話が早くて助かる。聞きたいことは2つ。例の死体、お前はどう思う? 専門家の話が聞きたい」
こいつは世に疎いように見えて、常に情報収集を怠らない奴だ。わざわざ写真を見せる必要もないというもの。
万代は顔色を変えず、淡々と答えた。
「いやぁ。あれはゴミだよ」
「は?」
「だってほとんどが粉々のぐちゃぐちゃ。魔術の素材にすらならない、いわばシュレッターに投下された紙のようなものだ。私としては、もう少し形を維持してくれると助かるんだがね」
「真面目に答えろ」
「冗談さ。まったく、冗談の1つも通じないようじゃ、例の助手ちゃんにも愛想を尽かされてしまうよ?」
「俺はお前のそういうところが嫌いだ」
「私は君のようにからかいがいのある男は好きだぞ? まあ、それはまた今度にするとして」
彼女がおもむろに立ち上がると、机の上に散らばる紙の中から一番上のものを取り、紙飛行機の形に折って俺のところに投げた。
それは連合からの手紙。緊急連絡、と記されていることから、連合側も焦っているものだと察する。
「私はその死体を現場で確認した。連合側のイヌである私が調査し、それを報告する任務だったのさ」
「で、結果は?」
「まるで見つけてくれ、とでもいわんばかりの魔力痕だった。隠蔽を試みた形跡もない。後はまあ、君の頭で考えた方が早そうだな」
選択肢はいくつかある。
魔術師による暗殺。これは語るまでもないし、そもそも暗殺にすらなっていない。
だとしたらこれは連合への挑戦状……いや、それにしたって稚拙が過ぎる。それこそ――
「そういえば、もう1つ聞きたいこととは何かな?」
「ああ、至ってシンプルな質問だ。この世界の魔道具はどこまで進んでいる?」
魔道具とは、魔術によってつくられた魔術を起動するための武器、この世界で例えるなら機械だ。
使用者の魔力を燃料にし、編み込まれた魔術を誰でも使用できるようになるという代物。
つまり、この事件に魔術師は関係しているか否かというより、犯人が魔術師かどうかを見極める材料になる、というわけだ。
「なるほど。君はその部分を懸念しているのか。探偵らしさに箔がついたんじゃないか?」
「いいから答えろ。俺は早くこの事件を解決しなきゃいけねぇんだ」
「……ある。君たちの世界ほどではないが、確かに魔道具の生成は可能なレベルに達している。もちろん、私は作ったことがないし、公で魔術を披露なんてのは御法度だからね」
万代は椅子の周りをくるくると歩いて回り、すとんと腰を下ろす。同時にこちらの目を見てくる。
不気味な女だ。そも、こいつが専門としている死霊魔術とやらは、生物の死体や幽霊なんかを用いた魔術だという。
俺のいた世界では、死体は土に還すもの。神から借りた肉体を漁るというのは、倫理的に考えて狂っているとしか思えない。
何故最初に会った魔術師がこいつだったのか。未だにこうして情報交換をするのか。俺にもわからない。
いや……それは嘘だ。俺はこいつを気に入っている。
答えは単純。こいつは魔術に対して真摯に向き合っていること。魔術師であることを誇りに思っていること。
それが、この世界にいる他の魔術師とは異なる点。
故に、連合やら面倒な関係性なしに信用できる人間だから。ただそれだけの話だ。
「そうか。話は済んだ。じゃあな」
「待て。忘れ物だ」
万代に止められて振り返る。そこにあるのは白く細い手。ただそれだけだ。
ケータイでも財布でも、愛用のコートでもない。
「なんだよ」
「情報料だ。お前なら特別に5万にしてやる。それともなんだ? 死体を持ってきてくれるなら話は別なんだが」
「……2万だ。これ以上は出ないぞ」
「本当にケチくさい奴だ。あー可哀想だ。助手ちゃんはきっと正当な賃金ももらってないだろうな」
「楓にはきっちり払ってる。俺が雇っている以上、そんな不正などあってたまるか」
「ほう。やっぱり面倒な奴だな、ミーズキッド」
「その名前で呼ぶな」
俺も、この女は大嫌いさ。
だがずっとじゃれていても仕方ない。
早く片付けなくちゃいけねぇ。こうしている間にも……犠牲者は増えていく。
今回登場した万代利果さん。実は彼女が出ている作品が他にもある……?
詳しくは「形なき魂は影となりて」で検索!!!




